「ほらほら、名前!朝だよいい加減に起きな?」
「うーん…あと10分…」
「起きないと遅刻しちゃうよ? 朝ごはんも食べないと力でないでしょ? ほら、起きた起きた!」
「…今日も完璧な幼馴染具合だな勘右衛門」
「よくわかんないけどおはよう名前」
「おう、おはよう…」
クラスも違うというのに、今日も朝から俺を起こしには組の長屋まで来てくれたのは幼馴染の勘右衛門だった。
すでに準備の整った、きっちりとした格好で笑う勘右衛門。
俺の朝は大抵勘右衛門のこの笑顔からはじまる。
今のドキ☆男だらけのイケメンパラダイスな状況の中ひとつだけ助かったことがある。
それは、今の状況がギャルゲー的であろうともどうやら好感度はゲーム開始時の状態からのようだ。 はじめから好感度MAXだったら正直俺の貞操が危機です。 『やらないか』で『アッー!』ってなって終わりだ。
そう考えると今の状況は、腹立たしいラブイベントをのぞけばまだマシと言える。
だって、つまり好感度を上げなければいいんだろ?
そうしたら何故かスペックの高くて濃いイケメンがそこそこ俺に懐いているという状況のままで保たれるというわけだ。
それならばまだ妥協できる。
俺がすべきことは現状維持だ。
「はいはい、早く着替えて! 布団はたたんでおいてあげるから」
「ありがとうお母さん」
「名前、殴ってもいい?」
「すみませんでした勘右衛門様」
「よろしい」
食堂に行けば、5年生が勢ぞろいしていた。
席は勘右衛門に任せて、俺は朝食を取りに行く。
どっちにしようかと悩んだけれど、両方頼んで好きなほうを勘右衛門に選んでもらおうと思う。
俺は基本的に好き嫌いないし、ちゃっちゃと頼んで席まで行こう。
「おかえり名前、じゃあ俺も朝食とってくるよ」
「まて勘右衛門」
いいながら席を立とうとする勘右衛門を制して、ずいっと手に持った朝食を勘右衛門の目の目に突き出した。
勘右衛門は大きな目をぱちぱちとさせて首をかしげた。
「好きなほう選べ」
「…とってきてくれたの?」
「当たり前だろ、ほら選べ」
「…じゃあ、こっち」
「ん、手ふさがってるから持ってけ」
「…名前ありがとう」
「いや別に」
何故か頬を染めて笑う勘右衛門。 …耳の奥で凄く聞き覚えのある効果音がぴろりーんとかなった気がするけど気のせいだきっと気のせいだ。 幼馴染に優しくするのは当たり前なのである。
俺は勘右衛門に促されて、丁度勘右衛門と勘右衛門の友達の久々知兵助との間に座った。 目の前にはろ組の面々がにやにやしながらこっちを見ている。 こっちみんな。 鉢屋は腹立つからガン見してくんな。 味噌汁顔からぶっかけるぞ。
「おはよう」
「ん、おはよう久々知」
「よー名前ー今日も朝から仲がいいねえ」
「五月蝿い黙れ変態」
「もう!三郎ってば!名前おはよう」
「おはよう、不破。 同じ顔でも全然鉢屋とは違うさわやかな朝にふさわしい笑顔だな」
「私だってチャーミングな笑顔だぞ!」
「鉢屋は俺の視界に入るな」
「酷い!!」
先日のいやーんまいっちんぐ事件から俺のこいつへの対応は冷たい。
何があったかは事件の名前からなんとなく感じ取ってほしい。
適当に相槌をうちながらもくもくと朝食を食べる。
ふと、隣から視線を感じてそっちを見れば久々知が俺の朝食のとある一角を凝視していた。
…なんだ?
「…久々知?」
「…今日そっちの朝食、豆腐ついたんだ…」
「……そんなことで落ち込むなよ。 ほら、欲しけりゃやるよ」
「!?本当に!?」
「ここで嘘でしたっつったら俺悪人みたいだろ。 ん、此処おくぞ」
特別豆腐は好きでも嫌いでもない。
なので、すんなり久々知にやれば久々知が今までに見たこともないようなとろけるような笑顔で笑って俺を見た。
…あ、なんか嫌な予感。
「ありがとう!名前!大好き!!」
久々知が言った瞬間、鼓膜がやぶれるかと思うくらいに大きな音で効果音が聞こえた。 めちゃくちゃうるさい。 頭に響く。 久々知どんだけだよ。
豆腐一つでこんだけ好感度があがるやつも珍しい。
珍しいが、これはあまりいい状況じゃないんじゃないだろうか。
ひきつった笑顔を返せば、久々知が恥らったような顔で俺の制服のそでを遠慮がちにひいた。
「なあ、名前。 私のことは久々知じゃなくて『兵助』ってよんでくれ」
「しまったー…やっちまったー…!」
ついついやってしまった。
俺迂闊。
名前呼びイベントなんて結構好感度高くないと起こらないのに…! こうなったらどこかでフラグをへし折るしか…!!
こうして俺の努力もむなしく、着々とハーレム化が進んでいくのであった。
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