「え!?名前今日クリスマスイブだよ!?」
「はあ、そうですがそれが何か…?」
今は現代、場所は私立大川学園。 自由な校風とイベントが多い事で有名な中高大学まである学園だ。 その中でも中等部と高等部の交流は多く、委員会活動や部活動などは全て合同で行われている。 その中で私は、昔と同じく保健委員会に所属している。
今日は12月24日。 世間一般的にいうクリスマスイブである。 この大川学園では当たり前だけど今は冬休みの真っ最中だ。 本来ならば私も今頃は休みを満喫しているはずなのだが。
「提出用の予算案の書類に不備があったと聞いたので…」
「う…なんでそれを…」
私達委員会は、学期ごとに会計委員と生徒会に予算案を提出しなければならない。 様々な部分を生徒の自主性に任せる、という辺りは大川学園がまだ忍術学園と呼ばれていたときとなんら変わりは無い。
丁度昨日買い物に出かけた時に潮江先輩にお会いして、愚痴交じりにそのような事を来たのだ。 けれどそんな連絡はまわってこないしまさかと思いこうして学園まで来てみれば保健室で一人書類と格闘している善法寺先輩の姿があったというわけだ。
「流石に一人では大変でしょう。 言ってくださればすぐにでもとんできましたよ」
「……で、でも名前。 僕も文次郎から知らされたのは昨日のことで、今日はその、クリスマスイブだし…、みんな予定とか」
「特にありませんけど」
コートを脱いで、鞄を開いている椅子に置く。 善法寺先輩の隣の椅子に座って目の前にあった数字の羅列に目を通した。 数字の桁が明らかに一つ少ない。 原案の段階ではきちんとした数字だったのに何故だろう。 考えた所で私達の場合は、不運な人間ばかりが集まる不運委員会と呼ばれているのでまあよくあることだと気にしない事にした。 ちなみに私は不思議な事に不運の枠からは外れている。
これは逐一直すよりも一度全部に目を通しておいた方が良いかもしれない。 他に誤字や脱字なんかも見つかりそうだ。
机の上にある書類から目をはなして、整理しても良いかと訪ねようと顔を上げれば驚いたような顔をした善法寺先輩と目が合った。 何故そんな顔をしているんだろう。 書類を手に持ったまま、私は首を傾げた。
「え…、いや、だって」
「なんでしょうか?」
「ほら、小平太とかと約束あるんじゃ…。 あ!そうかイブじゃなくてクリスマスに約束してるんだね?」
「七松先輩、ですか? いえ特に約束をした憶えはありませんが…?」
「…ええ!?」
「なんでそんなに驚くんですか」
七松小平太先輩。
まだこの学園が室町時代に忍術学園とよばれていた頃、何かと私を構ってくれていた先輩だ。 在学中に色々あって、卒業してからもやっぱり色々あって、何だかんだで私の最期を見届けてくれた人。
この学園にいる人間は、かなりの確率で昔忍術学園に通っていた生徒である。 だから私が入学して七松先輩に再会したのは必然だったのかもしれない。 昔よりも栄養状態が良いこの時代、記憶の中にある七松先輩よりも体格がよく背も高くなっていた七松先輩を見上げるのは思ったよりも大変だった。 それにしても私の身長がさほど変わっていないのはどういうことだろう。
再会した七松先輩に、昔の記憶は無かった。
他にもちらほら記憶の無い人間はいたので、まあそういうものだろうと納得して『初めまして』という態度で接する事にした。 ……まあ、先輩は先輩なので記憶が無いとは言えその行動はどう考えても昔そのままなわけだけど。
「あのね、名前」
「はい」
「確かに小平太は昔の事を憶えてないけどね?」
「はあ」
ちょっとその書類を置きなさい。
なんて言いながら、お説教の流れに持ち込まれている気がする。 一応再度計算しておきたいと思っているのに。
渋々聞く体勢に入れば、善法寺先輩が真剣な面持ちで口を開いた。
「頭よりも先に体でおぼえて、常に本能で行動している小平太の行動パターンを甘くみたら駄目だよ」
「名前!ここかー!」
善法寺先輩が言い終わるのとほぼ同時くらいに、保健室の扉が開け放たれた。 かなり大きな音をたてていたけれど壊れてはいないだろうか。 この寒い冬の季節に扉が壊れるとかどんな不運だろう。 人災以外の何ものでもないわけだけど。
冬だというのにコートも着ずに、制服のブレザーを相変わらず少し着くずした状態の七松先輩は廊下を全力疾走してきたようだったけど全く息がきれている様子はない。 その辺は流石だ。
目を丸くして七松先輩を見上げれば、私を見つけるや否や大股で近寄りそしていつものように抱き上げた。
「こんにちは、七松先輩」
「ああ!名前の家に行っても留守だから驚いたぞ!」
「委員会の書類の都合で学園に来ていましたから。 よくここがわかりましたね」
「いや、わからなかった! だから名前が行きそうな所をしらみつぶしに探してみたんだ」
「そうでしたか。 何か私に御用でしたか七松先輩」
抱き上げられたままふと善法寺先輩を見れば、七松先輩が部屋に入ってきた勢いで書類が床に落ちてしまい慌ててそれを拾っているところだった。 私も手伝いたいけれど七松先輩に拘束されているから出来ない。
まるで小さな子供がお気に入りのぬいぐるみを抱きしめて離すまいとしているような、私の考えた事が透けて見えたのか七松先輩は私を抱き上げている腕の力を強めた。
どう見ても厚着をしているようには見えないのに、どうにも体温が高いらしい七松先輩はあたたかい。 触れている箇所がぽかぽかしてくるのがわかる。 やや冷え性の私にはありがたいことだ。 出来れば夏は遠慮してもらいたいけれど言って聞くような人ではない。
「そうだ、お前にプレゼントがあるんだ!」
「プレゼント…ですか」
「今年で丁度私も18になったからな! 丁度良いだろうと思って買ってきた」
クリスマスのプレゼントと七松先輩が18になるのと一体何の関係が?
そう思いながらもポケットから小さな箱を取り出す七松先輩の動作をぼんやりと眺めていた。 そのままくれるのかと思えば七松先輩は自らその包みを解き始めた。 そしてその箱をあけて、得意げに私に見せた。 その中に入っているものを見て私は更に眼を丸くした。
…なんというか、これは…。
「……指輪…です、か?」
「ああ!指輪だ!」
「……ええと、七松先輩?」
「名前!」
「はあ」
「結婚しよう!」
恥ずかしがる様子も無く、にこにこと笑いながらはっきりとそう言った七松先輩。 床に散らばった書類を拾っていた善法寺先輩が思わず体を起そうとして机の角に頭をぶつけていた。 やるとは思っていたけれど、まさか角でぶつけるとは。 あれは痛い。
七松先輩は私の返事を待っているのか、わくわくした様子で目を輝かせて私を覗き込んでいる。
…なんというか突っ込みどころは沢山あるけれど、とりあえず言う事は一つだ。
「七松先輩」
「なんだ!」
「私まだ13なので法律的に無理です」
「……私は出来るのにか?」
「男性の場合は可能ですが女性の場合は16からですしね」
「そうか!わかった! あと三年待てば良いんだな!」
「………あれ?」
いつの間にやら了承したことになっている気がする。
そもそも私はそういった意味で七松先輩から何か言われた憶えもなければ所謂お付き合いをした憶えもなく、かなり距離が近いよく構いに来る先輩という印象だったけれど何がどうなってこうなっているんだろう。
未だに状況が飲み込めずにいる私に、ようやく痛みから脱出したらしい善法寺先輩が教会で何かを懺悔するかのような表情で私に言った。
「ごめん名前…せめて高等部くらいは卒業させてあげて、とは言ってみたんだよ僕も…」
「………やっぱり私が了承する事前提なんですね?」
私が保健室に来たときのあの驚き方は、七松先輩の行動を知っていたからのようだ。
昔々、私達がまだ室町時代の忍術学園に通っていた時。 確かに女の子は今くらいが結婚の適齢期ではあったけれど今の時代では七松先輩は事情を知らない人たちから見たらロリコン趣味だと誤解されるんじゃないだろうか。 ただでさえ小柄な方である私と七松先輩とでは特に。
驚きや嫌だと思う気持ちよりも先に、諦めとどこかでそうなることを予想していた自分がいて私は再度七松先輩を見た。
目が合って、嬉しそうに笑うその姿は昔となんら変わりのない表情だった。 指輪はいつの間にか私の指にはめられている。 昔は昔でそれなりに幸せだったけれど、平和である今の時代での幸せとはきっとまた別物なのだろう。
七松先輩があまりにも嬉しそうに笑うので、私も自然笑顔が浮かんだ。
「今度こそ、幸せな家庭を築いて歳をとってもずっと一緒にいような!」
「……え?」
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