七松先輩と私 | ナノ



明日、学園内で一斉にテストがあるらしい。


抜き打ちなどではなく、前もって宣言してくれたから随分と助かる。


いや、別に日頃から予習や復習は欠かさないので抜き打ちだったとしてもひどい点数をとることはないだろうけど、問題はそこではないのだ。

私は、勉強用にと借りてきた資料と教科書をいざというときの為に文机の上に纏めて置き、長屋の自室の中で時を待つ。


私の予想でしかないけれど、おそらくきっと当たるだろう。
それにここ三日ほど顔を見ていない。
今頃萎れているんじゃないだろうか、というのが私の予想だ。


のんびりと明日のテストにでるであろう問題を眺めていればすっと天井の戸が外れ、音もなく誰かが部屋に進入してきた。

視線を向ければ、無表情ながらもどことなく申し訳なさそうな顔をした中在家先輩が立っている。

まあ、直接襲撃してこなかっただけ頑張っているんだろうなあ。
私は内心で少しだけ苦笑しながら纏めていた教科書や資料一式を手に持ち、先輩に近づいて笑いかけた。




「………苗字、」

「はい、行きましょうか」




ぼそぼそ、と話す中在家先輩が全てを言い切る前に返事を返した。

先輩は一瞬面食らったような顔をしたけれど、
直ぐに「……すまない」と一言呟いてから私を抱きかかえて、
すごい早さで部屋を出る。


くのたま長屋に忍たまは足を踏み入れてはならない、とはこの学園の暗黙の了解だけど今日はみんな自室に篭もって明日のために勉強しているだろうから人通りもないだろうし、そこまでしなくてもなぁと思わなくもないけれど高速で運ばれていく今口を開けばまず間違いなく舌を噛むだろう。

私は大人しく口を閉じたまま運ばれることにした。











「…飽きた」




今回赤点をとったら小平太は四回目の補習になる。


そんな長次の言葉もあり、『だからどうした』といわんばかりにテストが近いにも拘らず委員会の後輩達を呼び出していけどんマラソンをしようとしていた小平太をみんなで捕まえて、勉強会を開くことになった。

ちなみに今日で三日目だ。


はじめのうちは真面目に問題を解いていた小平太だが、元々机に向かうよりも体を動かしている方が好きな小平太はすぐにどこかへ行きたがった。

いつもならこの時間は走り回っているか塹壕を掘っているかな小平太だが、ここ最近はそれもなくこうして机にかじりつかされている。

普段からやれ塹壕掘りだの、やれマラソンだのしていた人間にとってはやはり相当なストレスになっているらしい。

そして先ほどの発言だ。
ちなみに夕食を食べてから勉強をはじめて、実に六回目の発言である。





「小平太…お前なぁ」






目に見えてやる気が失せている小平太に、文次郎が黙々と動かしていた手を止めて呆れたように言った。

はじめのうちは自分達の勉強に専念していた文次郎と仙蔵も、夜中に凄いスピードで堂々と脱走しようとした小平太の姿を目の当たりにしてからはこうして一緒に付き合ってくれている。

一緒に勉強して成績を上げよう、というよりは完全なる小平太のストッパー役の一員だった。



たしかに、常に泳いでいないと死んでしまう魚のような人間に机の前でじっと座っていろというのは酷かもしれない。
しかし、かといって友人が散々な点数をとってしまうのを黙って見ているわけにもいかないのだ。

もう自分たちは六年生だ。
ずっと一緒に進級してきたのに、こんな所で躓いてもらっては困る。
みんな一緒に入学したのだから、みんな一緒に卒業したい。
きっと全員の根底にはそういう考えがあるんだろうと思う。
けして誰も口には出さないけれど。

しかし、うずうずと今にも部屋を飛び出して走り回りに行ってしまいそうな小平太をどうやって机に向かわせるべきか。

こういう時に、縄標を得意とする長次がいれば小平太を文字通り机に縛り付けておくことができるのに…!

最早、小平太に対して説得という選択肢は存在しない。



いい加減苛立ってきたらしい仙蔵がごく自然な動作で懐から焙烙火矢を取りだそうとするのを文次郎が宥めている。
このまま小平太が部屋を飛び出していっても困るし、仙蔵によって部屋が吹っ飛ぶのも困る。
凄く困る。
主に長次と小平太、それからそれを直すことになる留さんが。


どうすればいいんだろう、と思ったその時さっき無言で部屋を出て行った長次が帰ってきた。

良かった、長次ならなんとか小平太を止められる!

ほっと安心して笑みを浮かべながら戸の方へと視線を向けた。





「長次!お帰…り…?」





僕の言葉に無言で頷いた長次は、その腕に非常に見覚えのあるくのたまの少女を抱きかかえていた。
一瞬で部屋の中が静かになる。
え、なんでくのたまが忍たま長屋に?
なんで長次が連れてきた?

…ていうかそのくのたま、名前だよね。





「今晩は、お邪魔します先輩方」

「……名前?」

「はい」





僕の保健委員会の後輩である、苗字名前が長次に抱き上げられている。
長次の容姿といい、名前の小ささといい。
どこからどう見ても仲良しの親子のようだ。
…いや、そうではなくて。

何しにここへ?
そう問いかけようとして、長次達に近寄ろうとした。





「名前!名前だ!長次、何で名前がここに!?」

「うわぁ!」





しかし、直前で後ろから物凄い勢いで長次に詰め寄ってきた小平太にはね飛ばされた。
痛みから畳に突っ伏す僕を、留さんが心配して覗き込む。


そんな僕たちに小平太は気づいているのか、いないのか。
勉強中に何回か口にしていた

「名前成分が足りない」

という言葉は本当だったらしく久しぶりにきらきらと輝くような表情を浮かべている。

小平太はにこにこしながら『さあ来い』と言わんばかりに名前に向かって手を広げた。

いつもなら、黙って小平太の腕に移っているであろう名前は広げられた手をじっと見るだけで動こうとしない。

不思議そうに首を傾げて、長次と名前とで視線を往復させていた小平太に長次は名前を抱き上げている手とは逆の手をすっと小平太の目の前に突き出した。

そして、





「…小平太」

「なんだ!」

「おすわり」





そう言った長次の声はいつも通りの音量だったにも関わらず、やけに部屋に響いたような気がした。

どうするのだろうか、とはらはらしながら見守れば小平太は長次の言葉に特に何か言うでもなく、素直に従ってちょんとその場に座った。
長次は満足そうに頷く。





「名前!お前は勉強しないのか!?明日テストだろ?私が教えてやろうか!?」

「いいえ、お気持ちだけ頂いておきます」






しっかり勉強道具一式を持参しているらしい名前は、丁寧に、しかし思いの外ばっさりと小平太の言葉を切った。
悩む素振りも見せなかった名前の態度に、少ししゅんとして肩を落とす小平太。
いつも思うけど小平太相手にこうもはっきりばっさり言える名前は凄い。
普段から小平太の暴君ぶりに振り回されている後輩達を見ているから、尚更だ。





「…小平太」

「何だ、長次!」

「……苗字は預かった」





まるでどこぞの誘拐犯のような台詞に、僕達は目を丸くして長次を見た。
いつも通り表情が変わらない長次と、特に長次の言葉にあわてる様子のない名前。

どう見ても緊張感がない。
が、小平太は何故か衝撃を受けたような顔をしている。






「ひ、人質をとるとは卑怯だぞ!長次!」

「……条件をのめば、苗字を解放しよう」





緊張した面もちで長次の次の言葉を待つ小平太。
長次は一度言葉を切り、息を吸い込んでから口を開いた。





「…小平太、お前が勉強している間のみ苗字を膝の上に乗せることを許可しよう」

「な…何だって!?」

「……ちなみに、断ったら留三郎の膝の上に乗せる」

「それは駄目だ!絶対駄目だ!!」

「おい長次、何で今俺を引き合いに出した。
おい小平太、お前なんで間髪入れずに駄目って言った」

「まあまあ、留さん落ち着いて」






良いじゃねえか、別に俺が後輩を膝の上に乗せても。
ぶつぶつと一人呟く留さん。

うん、まあ悪くないよ、悪くないけどね、うちの後輩を膝に乗せるのは僕許さないよ?
え?いや、別に留さんを信用してないとかそう言うんじゃないんだけどね?

小平太は一瞬だけ考えたようだったけど、すぐに折れて





「わ…わかった…!条件をのむ!だから名前を私に渡せ!」

「…まだだ。
まずは机に向かって座れ。
小平太、まて」





そう言って小平太を制する長次の姿を見ていると、犬の躾を見ているように感じる。

大人しく、餌であってくれているところを見る限り名前ははじめから協力してくれているらしい。





「勉強するぞ、だから名前を寄越せ!」

「……苗字」

「はい」





長次がそっと名前を床へと降ろせば、そのまま小平太の所へ歩いていく。
そのまま小平太に近寄れば、ひょいと持ち上げて自らの膝の上へと名前をのせる。
にこにこと、一気に上機嫌になった小平太の膝の上で名前はもぞもぞとおさまりの良い位置を探してやがて落ち着いた。
名前はそのまま視線を上に向けて、口を開く。





「七松先輩?勉強しないなら私は膝から降りなければなりません」

「長次!資料をくれ!
仙蔵、この問題教えてくれ!」





いそいそと勉強を再開させる小平太。

正直六年生がこれで良いんだろうか。
俄然やる気を出したらしい小平太が、本格的に勉強を始めたのを暫く見ていたけれどやがて名前も持参した教科書を小平太の膝の上で開いて読み始める。

テストの前日だ、という焦りは見えなかった。
委員会中でも暇があれば本を読んだり勉強したりしている姿をよく見かけるので名前のテストに関しては心配なさそうだ。





「七松先輩、七松先輩。
テストが無事に終わったら一緒に茶屋に行きませんか?
私先輩とお出かけしたいです」

「おお、いいぞ!
私が付き合ってやろう!」

「わーい。
そこの茶屋、栗饅頭と草餅が評判らしいですよ。
七松先輩、私と半分こしてくれませんか?」

「両方頼めばいいだろう。
それくらい私が出してやるぞ?」

「全部は食べられませんから。
…駄目ですか?」

「いいや、構わんぞ!」

「有難うございます。
…あ、でも七松先輩がもし補習になってしまったら行けなくなるかも…」

「大丈夫だ!絶対に連れていってやるから!」

「…本当ですか?」

「本当だ!」

「じゃあ私、楽しみにしてますね!」





にこにこと笑いながら微笑ましい会話をした後、小平太は真剣な表情で問題を解いていく。
名前は、小平太の隣にいた長次に笑いながらぐっと親指を立ててみせた。
長次も同じようにそれに返す。

日ごろ似た様なやりとりは保健室でよく目にしてはいたものの。
やたらと小平太の扱いが上手い名前にある種尊敬の念さえ覚えた。




数日後、仲良く町へと出かける小平太と名前の姿があったという。









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