確かに言った。
前回の委員会で、かなり負傷してしまったので『救急箱を持って行ったらどうか』と提案したのは紛れもない私だ。
だが、しかし。
「言ったとおり持ってきたぞ!」
「元の場所に返してきてください」
忍術学園の暴君こと、体育委員長の七松小平太は小脇に救急箱…を持ったくのたまらしき少女を抱えていた。
状況がいまいち理解できていないのか、不思議そうな顔でぽかんとしている。
後輩まで巻き込んで、この人は…!
「お前が薬箱を持って行け、と言うから持ってきたのに何が不満なんだ!」
「誰もくのたまを誘拐してこいなんて言ってませんよ!」
拗ねたように口をとがらせる先輩に、心の底から絞り出すように抗議した。 後ろから『なんという悲痛な叫び…』という声が聞こえてきた。
「えー」
「えー、じゃありません!保健委員の子でしょう!何回か見たことありますよ!」
「…あ、平先輩こんにちは」
今我に返ったらしい少女はそれでも先に先輩に挨拶を、と思ったのか完全に七松先輩の手荷物状態のまま小さく頭を下げた。 …未だ状況がつかめていないのだろうか。
「だって薬箱だけよりも、実際に手当する人間がいた方がいいだろう!」
「あ、そういう流れでしたか」
「ちょ、何の説明もなく連れてきたんですか!?もしかして!」
「はい、薬箱をかしてほしいと伺ったので渡そうとしたらこうなりました」
完全なる誘拐だ。
今頃保健委員達が慌てているんじゃないだろうか。 当の本人はマイペースなのか冷静なのか、特にあわてる様子も困った様子もみられない。 なかなか肝が据わっている。
「いいですよ、このまま行きましょうか」
「はぁ!?」
「どっちにしろ、委員会が終われば治療することになるんでしょう? だったらいつしても手間は変わりませんよ」
それに、私一人いなかった所で委員会がどうにかなるわけでもないですよ。 あっけらかんと言う少女に、ぱっとその表情を明るくする先輩に少し頭が痛くなった。 どっちが年上なんだか…。
「よーし!じゃあこのまま行くぞ!いけいけどんどんだ!」
「先輩先輩、この体制苦しいので変えてください」
言外に『私は走りません』と主張した少女を、そうか!と笑って七松先輩が抱えなおした。
あ、あの人の話を聞かない先輩が…!
衝撃をうける私含む後輩達は、先輩が走り出したのに一拍遅れてしまった。
走っている間も、いつもよりも機嫌が良くとんでもないスピードで走り距離をあけられそうになる度に、 やれ「あ、先輩今の動物なんですか?」だの やれ「先輩、一年生の皆本君が何かいってますよちょっとこの距離だと聞き取れませんねぇ」だの 色々と話しかけるので、珍しくいつの間にか一人で走っていってしまう、ということにはならずに休憩にはいることがでした。
三之助が違う方向に逸れそうになったり、下級生達のペースが落ちてきたりする度に絶妙のタイミングで言うものだからもしかしたらわざと…?いやでも一年生にそんな芸当できるんだろうか、と頭を悩ませた。
「平先輩、腕出してください」
「あ、あぁ…」
ぼんやりとしていたら、救急箱を持って少女が目の前にたっていた。 にっこりと笑いながらも有無を言わせぬその雰囲気はまさしく保健委員だった。
途中、木の枝で引っかけてしまい軽い怪我をした腕をてきぱきと消毒する少女。 その姿を見て何となく口を開いた。
「今日は、うちの委員長がすまなかったな」
言って、ねぎらうように頭を軽くなでればきょとんとした表情で目を丸くしていた。 あまりにも不思議そうなので、
「な、なんだその顔は…」
「いえ、猪名寺君から色々と平先輩の話を聞いていたものですから…」
姿を見かけたら逃げないと、ぐだぐだと自慢話をきかされるよ、と。
だから少し、驚きましたすみません。
そういいながら悪びれなく笑う少女に反論しようとしたが、何故か七松先輩がじっとこちらを見ていたのでやめた。
「それに、謝られる理由がないですよ。早めに治療できるということは良いことです」
嫌な顔せずに、にこにこと笑いながら道具をしまう。 その笑顔は菩薩を彷彿とさせた。 なんて人間のできたくのたまだ…。 内心感動していれば、まあ、と小さく少女が続けた。
「まだ私がいる方が七松先輩も無茶しないでしょうから薬の量も減らせますし」
「………ん?」
「別の目的もありますしね」
笑いながらそう言った直後、少女は後ろからひょいと話題に上っていた人物に抱き上げられた。 おもしろくなさそうに、顔をしかめながら
「…滝夜叉丸と何を楽しそうに話していたんだ?」
いつもよりも少し低い声で言う先輩は、さっきとは打って変わってあまり機嫌がよろしくない。 それに怯むことなく、笑ったまま少女は飄々として言い放った。
「さっき、薬草を見つけたんです。なので取りに行こうかと思って」
「………滝夜叉丸とか?」
「だって、先輩ただでさえ私を抱えて走っていたんですよ?お疲れでしょう?」
疲れたのはむしろこっちの方だ。
体力底なしなその委員長を普通の基準で当てはめるな。 そういわんばかりの視線が後輩達から送られる。 未だに疲弊して地面から起き上がれないのに、息すら乱していない委員長になんでまたそんな言葉を。
「私を甘く見るな!あれくらいでは物足りないくらいだ!」
「……本当ですか?」
「ああ!だから薬草つみは私が手伝ってやろう!」
「わあ!嬉しいです!七松先輩がいたら百人力ですね!頼もしいです!」
「ははははは!任せておけ!!」
きらきらと、嬉しそうな尊敬のまなざしで見上げられてすっかり機嫌が直ったのかにこにこしだした七松先輩に呆気にとられた。 薬箱置いてきますね、と腕の中から飛び降りてこちらにきた少女はさっきと同じ無邪気な笑みを浮かべながら、
「先輩方は休憩の時間が増える、私は薬草が採れて日頃ギリギリでやりくりしていた委員会を少しでも潤すことができる」
おまけにひどい怪我は抑制できるし一石三鳥ですよ!
悪意のないその発言に、全員が固まった。
再び駆け戻って行った少女を目でおいながら思う。
「……紛れもない『くのたま』だな…」
「将来末恐ろしいですね…」
「でも、」
「七松先輩が無茶しないからまた来てほしいです…」
しみじみとそう言った一番幼い後輩の言葉に、一同頷き同意した。
後で名前を聞いておこう。
七松先輩をコントロール出来る希有な存在はきっとこの先体育委員会の希望となるだろう。
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