「先輩、先輩、善法寺伊作先輩」
「…なんだい?」
今日も今日とて、神がかり的な連鎖によってもたらされた保健室の惨状を二人で黙々と片付けながら、これはあっち、それはわからないから先輩の判断待ち、と分けていく。
最近だんだん仕分けが早くなってきました。 掃除も上手くなってきました。 なんというか、先輩筆頭に保健委員の方々ありがとうございます、とでも思っておこう。
「私、思ったんですけどね?」
「…なにをかな?」
横で同じくばら撒いた薬を仕分けしていた善法寺先輩は、表情こそ笑顔を浮かべてはいるもののややひきつっている。 若干遠い目をしているけれど、これもいつものことなので気にしない。
「まあ、保健室ですから、色々な人が来ますけど。 断トツに利用回数が多いのは会計委員長の潮江先輩と、善法寺先輩のお友達の食満先輩と、それから体育委員長の七松先輩ですよね?」
「ん?…まあ、そうだね」
因みに保健委員の面々も不運のせいで利用回数がかなり多いけれど、そこは省くことにする。 善法寺先輩は相変わらずこちらを見ることなく、必死で仕分け作業をしている。 非常に手馴れていて、てきぱきとした手つきが逆に悲しいです先輩。
「それで、最近私も猪名寺君や鶴町君も薬の調合を勉強中じゃないですか」
「うん、みんな筋が良くて嬉しいよ」
よく頑張ってるよね、と言いながら嬉しそうに笑う先輩にこっちまでなんだか嬉しくなる。 優しい先輩だ、お願いしてこの委員会に入れてもらって本当に良かった。 にっこり笑う先輩に、同じようににっこりと笑い返して棚の下のほうから順に薬をしまい始める。 上のほうは私の身長では届かないので、あとで先輩にお願いしよう。
「その薬を先輩方が来たときに使ってもらうのはどうでしょう」
「…うん?」
「折角作っても、効き目の程がわからなければなんともなりませんし」
「…ええと、」
「それに、先輩方すごぉく丈夫そうですから」
多少失敗していたとしても、へっちゃらだと思うんです。 ころしても死ななそうですし。
これは名案だ! とばかりににこにこしながら言ってみれば、何故かぜんぽうじ先輩が微妙な顔をして私を見ていた。
駄目だろうか。
暫く待ってみても反応のない善法寺先輩に、私は首をかしげながらもう一度口を開こうとした。
「おっ、今日の当番は伊作と名前か!」
すぱーん、と勢い良く保健室に入ってきた七松先輩により続けようとした言葉を私は飲み込んで変わりににこにこと笑顔を浮かべながら七松先輩に近寄る。
「七松先輩、七松先輩」
「どうした名前!」
両手を挙げながら近づけば、当たり前のように抱き上げられる。 暴君と恐れられているこの先輩だけど、基本的には子供好きないい先輩なのである。 …うん、悪い人ではないのだ。悪い人では。
「私、この前善法寺先輩に薬の調合を習ったんです」
「おお、すごいじゃないか」
がしがしと大きな手で乱暴になでられる。 少し痛いけれど、多分本人的には手加減をしているつもりなのだろう。 私は何も言わずにその手を受け入れることにした。
「怪我の手当ての仕方も教わったので、今度七松先輩が怪我をしたときはぜひ私に手当てさせて下さいね?」
「ははは、良いぞ!いつでも練習台になってやる! 気がつけばいつの間にか怪我をしているからな」
「体調が悪くなったときも、言ってくださいね? 私頑張って先輩のお薬調合しますから!」
「よーし名前!その時は頼んだぞ!」
「はい!」
にこにこと和やかな雰囲気の中、私はいまだ微妙な顔をしたままの善法寺先輩に小さく手をふってみせた。
先輩、言質はとりましたよ!
前々から予算が足りない、でも保健室利用率ワースト3の面々が、いやでも怪我はきちんと治療しないと。
等々、先輩が夜遅くまで予算と薬草とでにらめっこをしていたのを私は知っているのだ。
でもこれならば、薬を無駄にせずに効率よく薬を使えるはず!
まだまだ下級生の浅はかな考えかもしれないけど、それでも何かの足しになれば良いなぁ。
先輩、ほめて下さい!
そう気持ちをこめてななまつ先輩に抱き上げられたまま、善法寺先輩にアイコンタクトを送り続けるとやや間をおいてからにっこりと笑い返してくれた。
「……名前は、一年生だけど、すごくくのいちしてるなぁ…」
可愛い後輩だけど、末恐ろしい。
早速小平太のすりむいた腕に昨日作った薬草を塗りこめようとしている名前を見ながら伊作はしみじみと感じた。
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