可愛い人 | ナノ



それを見たのは本当に偶然だった。

丁度今晩のご飯の材料が足りないから買い物に来ていた。
目当てのものを買って、そのままクリスマスムードの漂う街を楽しむように歩いていたらふとそれが目に留まった。
小さな雑貨屋の中にあった深緑色のマフラー。
厚手で少し長めのあたたかそうなものだった。
普段制服姿ばかりで私服の姿なんて滅多に見ることなんてないにも関わらず、私はそのマフラーを見て委員会の先輩の姿を思い出した。

私は会計委員会に所属している。
みんなとても良くしてくれて、先輩達は優しいし後輩達も重いものを持とうとするときなんかに何も言っていないにも関わらずさり気なく持ってくれたりする。
不思議と考えている事が伝わるのか、みんな私よりも私のことを知っているような気がしてならない。

その中でも尊敬しているのが会計委員長の潮江先輩だ。

私が会計委員会に入った時私を見て驚いたような表情を浮かべたけど、すぐに表情を和らげて『よろしくな』と笑ってくれた。
厳しい表情をしている事が多い印象のある先輩だったから緊張していたけどその表情を見てすぐに緊張がほどけた。
それから私は潮江先輩が大好きなのだ。
人一倍真面目なのにどこか不器用なところがあって、そこがまた可愛らしいと思う。
年上の、しかも学園内でも怖いと恐れられている先輩に対してそんな事を思うなんて失礼かもしれないけど意を決して友達に言ってみたら
『あー言うだろうと思った』
とか、
『……お前、ほんっとーにおぼえてないのか?』
とか色々返された。
よくわからないけど、私が先輩に対してそう思うのは大丈夫らしい。
よくわからないけど。


深緑色のマフラーに手をのばす。
値段は少し高いけれどけして手が届かない値段ではない。
たしか、潮江先輩はいつも防寒着はコートしか着ていなかった気がする。
私が通っている大川学園は、中高大学まであって内部生に限っては受験という形ではなくて少し難しめの試験があって一定の点数以上とれたら無事に進学できるというものだ。
いくら潮江先輩が普段から体を鍛えていても、万が一ということもあるし徹夜しがちな潮江先輩が体調をくずしてしまうという事は十分にあり得る事だ。

段々何に対してかわからないけれど、自分に対しての言い訳のように感じてきた。

私はそのマフラーをつかみレジに持っていった。
潮江先輩には深緑。
なんだかとてもしっくりくるその組み合わせに私の頬は自然緩んだ。






「あ」

「…なにをしてるんだ名前」



店員さんのありがとうございました、という言葉を背に店を出ればタイミングよく潮江先輩と鉢合わせた。
潮江先輩の手には本屋の紙袋があり、私は何となく参考書だろうかと考えた。

休みの日に会えるなんて珍しい!
私は小さく走って潮江先輩の所まで近寄った。
私があまりにもにこにこしていたからだろうか。
丁度目の前まで来た私に潮江先輩は苦笑するように笑って、軽く私の頭を叩いた。




「こんにちは、潮江先輩!」

「ああ。
買い物か?」

「はい。ちょっと夕飯の材料が足りなかったらしくて」

「そうか」



他愛も無い話をしながらも私はそわそわといつさっき買ったマフラーを渡そうかと考えていた。
潮江先輩は私の頭の上に手をおいてそのままだ。
わりとよく撫でてくれるわりに、その手つきはいつもぎこちない。
撫でるというよりは単純に手を往復させているだけという感じだけど私は潮江先輩の性格がよく出ていてそれが好きだった。

私はさっき買ったマフラーの入った袋を潮江先輩に差し出した。
突然の事に目を丸くしている潮江先輩に私はまくし立てるように喋る。




「あの!これ良かったらクリスマスなので…」

「は?どうした突然」

「さっき雑貨屋で見かけて、なんというか、これは潮江先輩に似合いそうだって思ったらつい買ってしまって」

「………」

「よければ貰ってくださ……?」



い、まで言おうとして顔を上げて私は固まった。

私服に深い灰色のコートに、…マフラーが。
言葉の途中で止まった私を潮江先輩が怪訝そうな表情で見下ろした。
曖昧な笑顔を向けたけれど、私は内心でかなり焦っていた。

え?
学園ではつけていなかったのに。
冬休み中にあった委員会のときにもつけていなかったのに。
なんで今このタイミングでマフラーを…。

見たところ真新しい感じだ。
例えばそう、つい最近買ったようなそんな雰囲気で。
そこまで考えて私は項垂れた。
自分のタイミングの悪さに少しへこむ。
包みを持った手が段々下がっていく。

顔を上げて、一定の場所を見たまま元気がなくなっていく姿に何かを察したのか潮江先輩は自分のマフラーを見て少し口ごもった。
あー…、と何かを考えるように呟いて暫くした後潮江先輩はマフラーをとり強引に私の首に巻きつけた。



「え、ちょ、潮江先輩?」

「見てると首元が寒そうだから、やる。
お前普段から貧弱ではあっても病弱ではない、なんて言っているが見てるこっちが寒いんだ馬鹿たれ」



言いながら、その場で私が渡した包みをあけて中に入っていた深緑色のマフラーを自分の首に巻きつけた。
深緑色のマフラーは、思ったとおり潮江先輩によく似合っていて、どうしてだか不思議と懐かしく感じた。

目を細めて、潮江先輩が私の首に巻いてくれたマフラーに顔を埋めた。
さっきまで潮江先輩が巻いていたこのマフラーはとてもあたたかい。

どうしてみんなこの先輩を怖いだとか、厳しいだとか言って遠ざけてしまうんだろう。
こんなにも優しい先輩なのに。
確かに不器用な所はあるけれど、それでも。




「……深緑色、か」

「…よくわからないんですけど。
潮江先輩に似合うと思ったんです、その色」

「……お前もしかして、」

「はい?」



潮江先輩が何かを期待するような目で私を見た。
その顔は少し驚きに目を見開いたような表情で、そういえば前に左近たちにも同じような事をいわれたような気がするなあとぼんやりと思った。
目を丸くしたまま言われた言葉の意味がわからずにぽかんとしている私を見て、潮江先輩は難しそうな顔をしながら『…いや、なんでもない』と言った。



「あ、そういえばこのマフラー…」



潮江先輩が私の首に巻いたマフラーをとろうとした。
先輩はやる、なんて言っていたけれどそんなわけにはいかない。
ぐるぐると巻かれた潮江先輩のマフラーを解けば首元にひんやりとした空気が入り込んで思わず小さく息をのんだ。寒い。

表情には出していないつもりだったけど、潮江先輩は私の一瞬の反応に少し笑って手を伸ばし再び私の首にそのマフラーをぐるぐると巻きなおした。




「し、潮江先輩!
お返ししますってば」

「いや、それは俺がお前にやったものだ。
大人しく巻いとけ」

「でも、」

「名前。これの礼だ。
それとも俺の使ったあとのものでは嫌か?」

「嫌じゃないです!」



からかうように言った潮江先輩の言葉を即座に否定した私に、潮江先輩はおかしそうに笑ってやわらかい表情で私を見た。
何となく居心地が悪くて、目をそらしてしまう。

暫く私を眺めていた潮江先輩は一つ頷くと、どこか懐かしそうに口を開いた。




「…ああ、やっぱりお前には青が似合う。
色々見てきたがやはりそれが一番馴染むな」

「…潮江先輩?」

「いや、ただの独り言だ。
忘れてくれ」

「……不思議ですね。
私もこの色が一番落ち着きます」




なんででしょうかね。

首をかしげてまじまじとさっきまで潮江先輩がしていた青色のマフラーを見て、それから自分が送った深緑色のマフラーを見た。

潮江先輩はそんな私を見て苦笑しながら『もう少しなんだがなあ』と一人呟いた。

私が青で、先輩が深緑で。
いつの事だっただろうか、いつの話だっただろうか。
もうずっとずっと昔の事で多分きっと大切な記憶。
思い出せた時、潮江先輩は喜んでくれるだろうか。

私は青色に顔を埋めて目を閉じた。









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