可愛い人 | ナノ



「ちょっとこっちに来い名前、これをやろう」

「はあ、これですか…?」

「そうだ。
それを身につけてから文次郎を訪ねに行って来い」

「えー…?」

「きっと喜ぶだろう。
いいか?絶対だぞ?」

「はい、わかりました…?」




今月ははろうぃんという南蛮の行事をするんだ。
だからお前達、今月中のいつでも良いから必ず潮江先輩の所に行けよ?

そう言いながら、何故か潮江先輩抜きで集められた会計委員会下級生。
何故かちょっと必死になって前に立ってそう言ったのは同じく会計委員会の四年生である田村先輩だった。
一年生の二人と、私。
神崎先輩は迷子らしい。
さっき外で神崎先輩のお友達が神崎先輩を探している声が聞こえたから。

田村先輩の言葉に微妙な顔をする一年生達と、何でわざわざそんなことを言うんだろうと首を傾げながらも『はい』と返事を返す私。

素直に返事をした私にちょっとほっとしたような顔で、田村先輩はお菓子をくれた。



そして早速潮江先輩の所へ向かおうとした私を、潮江先輩の友人の立花先輩に引き止められ何かの包みを押し付けられた。

状況がよくわからない私をおいて、さっさと言うことを言って去ってしまった立花先輩に私はただぽかんとするだけだった。

……本当に何なんだろう。

とりあえず中に入ってるのを身につけようかな。
潮江先輩がよろこぶ、って言ってたし。
近場の空き教室へと飛び込んで、包みの中にあったものをつけることにした。








「潮江先輩、失礼します」

「ああ、どうした珍しいな名前。
今日は委員会はない……ぞ…?」



帳簿の整理をしていたらしい潮江先輩に声をかければ、顔を上げてふと私の方を見てかたまってしまった。
…やっぱりこれ変なんじゃないか。

邪魔だったから頭巾はとって、立花先輩から渡されたものを頭につけている。
あとはお尻の辺りにも同じく少し長めのものをつけた。

猫の物らしい黒い耳と、尻尾。

尻尾にまきつけられている小さい鈴がちりん、と音をたてる。




「えっと、潮江先輩。
とりっくおあとりーと、です」

「……お前、どうしたんだそれは」

「立花先輩が潮江先輩を訪ねに行くときは必ずこれをつけていけ、と」

「………仙蔵…」




怒ったようなあきれたような、そんな表情をうかべている先輩。
やっぱり何か失礼をしてしまったのだろうか。
南蛮の行事には不慣れだから、よくわからないまま言われるかままに実行してしまったのだけど。

困りながら、その場で固まる私に気づいたらしい潮江先輩は深いため息をついてから私を手招きした。

少し戸惑いながらも素直に従い、傍にまできた。




「…ほら」

「え、これ」



差し出されたものに、反射的に手を伸ばせばお饅頭を一つ手のひらの上に置かれた。
包みには顔のかかれた橙色の南瓜の絵が描かれている。
一年のきり丸君が学園内で売り歩いていたもののように思う。
そしてこの絵は乱太郎君が描いたんじゃないだろうか。
なんかそんな感じの事を団蔵君が言ってたし。

まじまじと渡されたお饅頭を見てから、先輩を見ればじろりと睨んでから視線をそらされた。

委員会で一緒にいることが多いからわかる。
これは先輩が照れているときにする癖だった。




「もうすぐ予算会議が迫ってるんだ。
こんなときにお前に悪戯なんてされたらたまったもんじゃねえ」

「……はい」

「ほらさっさと食っちまえ。
で、暇なら手伝っていけ」

「はい、喜んで」




本当にわかりやすい人だなあ。
あからさまに、算盤をはじき出した潮江先輩に頬が緩む。
包みを開けて現れた美味しそうなお饅頭。
じっとそのお饅頭を見てから、潮江先輩の隣へちょんと座る。

私の行動を訝しげに見ていた潮江先輩を気にせず、私は貰ったお饅頭を半分に割った。
綺麗に丁度半分に割れなかったので、大きい方を潮江先輩に差し出す。




「…おい、」

「先輩、甘い物は脳を活性化させてくれるらしいですよ」

「…………」

「だから半分こしませんか?」




眉間に皺を寄せて、私を見る潮江先輩。
にこにこと笑いながら差し出したお饅頭を引っ込める気はありません、と言わんばかりにそれ以上は何も言わずにじっと先輩の反応を待った。

引く気が無い、と悟ったのか先輩は未だ眉間の皺を緩ませないまま差し出したほうとは逆の小さい方のお饅頭をとった。

あれ、と思って先輩を見ればぐしゃぐしゃと頭を撫でられた。
少し痛いけれど多分これでも一応加減してくれているのだろう。




「わ!ちょ、潮江先輩…?」

「……子供がつまらない気をまわすんじゃねえ」

「…すみません」

「……………その、…ありがとな」




言って苦笑する潮江先輩に一瞬驚いたけれど、すぐに笑い返した。
にこにこと笑いながらお饅頭を食べる私を、そっぽを向きながらも頭を撫でることをやめない先輩。

…それにしてもずっと撫でてくれいるなあ。
いや、嬉しいんだけど珍しい。



それを天井裏から立花先輩が見ていて、

「私の見立てはそんなに素晴らしかったか」

とにやにやしながらからかわれる羽目になろうとは今はまだ二人とも知らない。










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