可愛い人 | ナノ



「どうだ文次郎!お前には到底真似できないだろう!」




勝ち誇ったような笑みを浮かべる天敵に、文次郎は怒っていいのやら呆れればいいのやら。

とりあえず相手が食満だというだけで腹がたつので勢いだけで言い返した。




「生憎うちの委員会はお前の所みたいに偏っていないんでな!
お前のように下級生をはべらせて喜ぶような趣味は俺には無い!」

「なんだと!?」




いつものように言い争いをはじめた二人。

因みに今日の発端は

『やい文次郎お前はこれだけの下級生に好かれることができるか?
まあ無理だろうな、お前のようなやつが下級生に好かれるはずが無い』

要約すればこんな感じである。
そろそろ言い争えるなら何でも良くなってきた気がしてならない。
そのうち、お前の顔がムカつくから、空が青いから、夕日が沈むから、等々完全なる言いがかりでしかないケンカをはじめるのも時間の問題だ。

食満のまわりには、一年生が三人。

下級生の面倒を見ながら委員会の活動をしていたところに、文次郎が通りかかったのだ。


そして、冒頭にもどる。





「そんなことを言って、お前下級生から好かれないだけだろう!
お前のところの後輩がこんな風にお前に懐いている所なぞ、
見たことがない!」




楽しげに、つらつらと途切れることなく喋る食満。
この若干芝居がかった話し方が、無性にいらっとする。

しかし、食満のいうことを完全に否定することもできないでいた。

確かに自分は親しみやすい人間ではない。
これから忍者として生きていくのであれば、強ければ強いほど良い。
そんな思いから後輩にも鍛錬をさせている。

下級生と会えば、大抵のものは一瞬動きを止めてからぎこちない顔で挨拶をして逃げるように去っていく。

今更それについて何かを言うつもりもないし、ずっとこんな性質だ、変えろと言われて変えられるわけもない。
落ち込むつもりもなければ悲しむこともない。

ああ、しかし、とにかく何かを言い返さねば。
このアヒルボートの頭を抱えたまま勝ち誇った笑顔を浮かべているこの顔を歪ませてやりたい。

何を言うかも考えないまま口を開いた、そのとき。





「潮江先輩は、凄くいい先輩ですよ」




きゅう、と足元にあたたかい感触。
聞きなれた声に足元を見れば、ふくれた顔で食満を見上げている。

こんにちは、潮江先輩。
と、礼儀正しく一礼してから一歩前に出た。

本人は睨みあげているつもりだろうが、まったくもって迫力が無い。

驚いたような食満に、更に後輩の名前は続けた。




「いつも面倒見てくれますし、凄く優しいんです。
倒れると怒られるけどちゃんと運んでくれます。
たまにお菓子をくれて、喜んでお礼を言うと、少し照れて早足で去っていく姿なんてとても可愛くて、」




今何か変なものが混ざってた。


そう思ったけれど、続く言葉に突っ込むタイミングを逃してしまう。
食満も、用具委員会の一年生達も現れた名前の勢いに押されるように何も言えずに黙っている。




「良い所がたくさんある、すごい先輩なんですからね!
そんなこという食満先輩なんて大嫌いです!!」




今度から持ってきた予算案の計上や計算ミスを逐一ねちねちと一つ一つみんなの目の前で訂正していってやる!!

そこまで言い切ってから、ぜいぜいと肩で息をしてそのまま手をひざについて、ついにはしゃがみ込んだ。




「おい、大丈夫か!?」




慌てて覗き込めば青白い顔で、




「お、大きな声を出しすぎて酸欠になりました…」




頭がくらくらします。

相変わらずの貧弱さにため息をついた。
たしかに、名前が大きな声を出すのを初めて見たかもしれない。

未だなにやらショックを受けている留三郎。

いや、こいつよりも名前を保健室に連れて行くほうが先か。

慣れた動作で名前を抱きあけて、保健室を目指す。
ぐったりしながらも、半泣きのまま『食満先輩のばかー』等悪口を言っている。




「…あれくらいのことで倒れるとは鍛錬が足らん」

「……はい、すみません」

「それにあれくらいのこといつものことだろう」

「だって、」

「……………ありがと、な」




聞こえるか聞こえないかの小ささで言った言葉に、名前はぎゅっと服の端を握ることで応えた。












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