「伊作先輩!大変なんです!」
昼下がりの穏やかな午後、伊作は保健室でのんびりとした時間をすごしていた。
今日は珍しく不運が少なかった。 朝穴に落ちて、落とし紙を若干ばら撒いたけれど、そう時間をかけなくても回収しきれる程度にとどまった。 お昼の定食も珍しくありつけたし、今日は良い日だ。
そう思っていた矢先のことだった。
よく見知った後輩が、半泣きで飛び込んできた。 少し遅れて、更に二人一人の少年を連れてきた。 その後から心配そうに、また一人。
半泣きで、半ば飛びつくようにして入ってきた保健委員の後輩。 二年生の川西左近はのろのろと後に続く少年を引っ張り出して伊作の正面へと押しやった。
他の二年生の面々も、戸惑ったような、少しこわばった顔をしている。 にもかかわらず、引っ張り出された本人は心底不思議そうな顔をして伊作と友人達を二、三回見比べた後ゆるい笑みを浮かべながら小さく『どうも』と会釈してみせた。
「えーと…、何があったのかな?」
「先輩!名前が変なんです!」
「ええ!?左近が酷いこと言った!!」
衝撃を受けたような表情で、未だ両端に控えている久作と三郎次を見たけれど何の反応も返ってこなかったようで名前はちょっとしょんぼりしながら再び伊作に視線を戻した。
「名前、伊作先輩をどう思う?」
「え、どうしたの左近突然」
「いいから!!」
自分の心境も一緒に代弁してくれた名前は、左近の勢いに押されたのか言われるがままに答える。
「凄く気さくで優しい先輩だよね、こんなおにいちゃん欲しい」
言って、ほわほわと微笑まれて思わず少し照れた。 基本的にあまり素直に思ったことを言葉にできない二年生の中ではちょっと珍しいタイプかもしれない。 しかし、それでは終わらずに左近は更に言葉を続ける。
「それじゃあ、食満先輩は?」
「伊作先輩とはまた違ったお兄ちゃんタイプだよね。 面倒見も良さそうだし子供好きなんじゃないかな」
「次は、立花先輩」
「うーん…凄く美しい人だけど、内面は物凄く男前なんじゃないかな。 あの冷静さは見習いたいものだよね」
次々と、並べられる賛辞。 自分や友人達がほめられて嫌な気はしない。 しないが、それがどうして『大変』につながったんだろうか。 未だに左近の意図がわからずに首をかしげながら、飲みかけだったお茶を口に含んだ。
「それじゃあ、………潮江先輩、は…?」
「凄く可愛らしい人だよね!」
ぶー! 口に含んだお茶を思い切り吹いてしまった。 驚く名前をよそに、盛大に咳き込んだ。 名前の後ろから 『絶対やると思った』 『何かのネタフリかと思った』 『様式美、っていうの?こういうの』 なんて会話が聞こえてくる。
ああ、もう。 今日は不運の少ない良い日だったのに…!!
「い、伊作先輩大丈夫ですか?」
「馬鹿!むしろお前が『大丈夫?』だよ!!」
「えー?なにが…?」
頭が!!
ばっさりと言い切られて、今度は本格的に涙目になっていた。 ショックを受けたように眉を下げる名前の肩を四郎兵衛が軽く叩いて慰めている。
いや、それより左近。 その言葉は名前も可哀想だけど、文次郎にも結構失礼だよ。 きっと動揺しててそこまで頭がまわってないんだろうけど。
さてどうしたものか。
左近はすがるような目で見てくるし、名前は意味もわからずなじられました、と言う顔をして軽く泣いているし、他の面々は困ったような顔で二人を見ている。
しかし、
「文次郎が、可愛いねえ…」
そういえばこの名前、会計委員じゃなかっただろうか。 ……だったら尚更何故『可愛い』なんて言葉が出てきたのか疑問だ。 心底わからない、という風につぶやいた筈なのに伊作の言葉に名前は嬉しそうに
「はい!潮江先輩は、ちょっと不器用ですがとても優しくて照れ屋ですごくすごーく愛らしいんですよ!」
両手でこぶしを握って、そう言ったので。
「…とりあえず、まず熱を測ってみようか」
「なぜ!?」
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