朝、日が昇ることに起床。 同室のやつは未だ寝ている。 寝起きが悪いことを知っているので普段から放置している。
顔を洗って着替えよう。 手拭いを持って立ち上がった。 今日もいい天気だ。
「お」
「あ」
ふらふらと井戸まで歩けば、鍛錬後らしく汗をかいている竹谷と出会う。
私の顔を見て、軽く会釈してきたのでお返しに軽く手をあげる。 鍛錬に熱心で結構なことだ。 頭から豪快に水をかぶる竹谷から少し離れて、水がかからない位置で顔を洗い歯を磨く。
手拭いで顔を拭いているとふと視線を感じてみれば、竹谷が何故か私を凝視していた。 久々知や尾浜なら素でびびるが相手は竹谷だ。 特に動揺することもなく問いただす。
「なんだ?竹谷」
「いや、髪下ろしてるのはじめて見たもんですから」
「ああ」
寝癖で少しはねた髪を撫で付けるようにして手で梳く。 特別サラストでもなければ不破のようにもふもふでもない、よくある普通の髪質だ。 ぽたぽたと雫をたらしたまま見てくる竹谷に、自分の手拭いを押し付けながら口を開いた。
「女装のときとかこんなだぞ?」
「まじですか」
「マジだ」
「……今度女装するとき見せに来て下さいよ」
「見せに行ってお前、私がただで済ませると思ってんのか?」
「え、それはどういう…」
「ふふん、毒虫相手にしか浮いた噂がない竹谷に七十五日じゃ到底払拭できないような噂を作り上げてやる、って言ってるんだよ喜べー」
固まる竹谷をおいて、長屋へと戻ることにする。 実際あと数日したら女装の実習があるので願いを叶えてやろうと思う。 ああ、なんて私は優しい先輩なんだろう。 基本的に私はこういうとき、竹谷が泣きを入れるまでからかうことをやめない。 あまり気乗りがしなかった授業が少し楽しみになった。
「名前先輩!お早うございます!」
「ああ、お早う久々知今日も綺麗だなぁ」
食堂に向かえば、出入り口で久々知が待っていた。 これはいつもの光景だ。 私の姿を見て嬉しそうに目を輝かせる姿は見ていて和む。 そのまま連れたって朝食を注文する。
「今日はB!名前先輩是非Bでお願いします!」
「はいはい。おばちゃーん」
私の腕に絡みつくようにして、きゃっきゃと朝食を選ぶ久々知。 ああ、ここが食堂じゃなくて街の小間物屋で久々知が女だったら。 心底惜しいなあと思いながらも、出された朝食を手に久々知と一緒にあいている席へと向かう。
まだ朝が早いので生徒の姿はまばらだ。 席に座れば、きらきらとした笑顔で私を見てくる。 ちょ、上目遣いとかどこでおぼえてきた。
「…名前先輩、私、私もう我慢できません…!」
「あーはいはい。場所が違えば誤解を招きそうな台詞を不特定多数の生徒が居る所で発言しないように。 ん、今日の分の冷奴」
「有難うございます! 今日は朝から冷奴がついてるって聞いたものですから…」
言いながら、冷奴を持って差し出した私の手ごと久々知がすりすりと頬ずりしてくる。 非常に可愛らしい。 毎日豆腐を食べているせいか、その肌は瑞々しくてつやつやで白い。 男にしては立花に次ぐ驚きの白さだ。 素晴らしい。
あまりにも恍惚とした表情で頬を擦り付けてくるので、『ああもう私久々知が男でもいけるかもしれない』と何かを悟りかけたその時大きな音をたてて誰かが隣に座った。
「えーと、お早う不破!」
「鉢屋です、先輩わざとやってませんか?」
「わざとだと思うのなら何故わざわざ変装するのかな?鉢屋は」
「雷蔵が好きだからに決まってるでしょう」
「なるほど」
非常に綺麗な所作で食べる鉢屋は、そう言いながらも私が知る限りでは顔以外で不破の真似をしようとはしていない。 他所では知らないけれど。 不破だったら今の時間半分眠りながらもそもそと朝食を食べるのだ。 鉢屋もわざわざ食べてから戻って、もう一度不破を連れて食堂に来るなんて面倒なことしなくてもいいと思う。
「三郎はいつも私と名前先輩が一緒に居ると出てくるよな」
「名前先輩と兵助を一緒にすると兵助がどうなるかわかったもんじゃないからな」
「せいぜい豆腐出すくらいだぞ私は」
「兵助に豆腐をやる理由が不純すぎます」
「失礼な、私は純粋に久々知がもっと綺麗になればいいなーと」
「先輩、物は言いようって言葉知ってます?」
「…ん。わかった、三郎は嫉妬してるんだな。 先輩が私ばかり構うから」
「はあ!?何処をどう見たらそう見えるんだ!!」
「わざわざ名前先輩が食堂に来る時間に合わせ…」
「ぎゃああ!勘違いだ、言いがかりだそんなの!! 勝手なことを言うんじゃない兵助ー!」
「え、なに私愛されちゃってる系なの?」
「食いながら真顔で何言ってんですか名前先輩!」
いやあ、鉢屋は朝から元気だなあ。
今消費した分の栄養を注ぎ足すべく、八つ時には私の秘蔵の栗饅頭を持って行ってやろうと思う。 鉢屋はもう少し食べるといい。 どうでもいいけれど私を挟んで言い合うのは止めてほしい。 『私のために争うのはやめて!』とか言ったら鉢屋に怒られそうだからあえて言わないことにする。
これも割合いつもの光景だ。
「うーん、うーん」
「お、不破発見」
「あれ?名前先輩?」
「よう。何悩んでんだ?」
「どっちの本を借りようかと思って…」
昼休みに、図書室へと行けば不破が本棚の前で悩んでいた。 私は不破が悩んでいる所を見ればすぐに声をかけることにしている。
不破の手にあるのは、薬草の本だった。
私は少し考えて、
「趣味か?それとも授業の資料か?」
「えっと、授業の資料です」
「そうか、あーっと今の時期だったら…あの授業かな。 こっちの本の方がいいと思うぞ」
「そうなんですか?」
「うん、去年その授業のときこっちの本借りときゃ良かったーって後悔した思い出があるから」
また悩みだすといけないので、不破がしげしげと本を眺めている間にもう一つの本はそっと本棚に戻した。 どうでもいいけど図書委員である不破に私が本のことで口を出すのはなんか変な気分だ。 不破の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。 意味はない。 そこに不破の頭があったからだ。
こういうとき、不破は嫌がる素振りも見せずに少しくすぐったそうに笑ってくれるので可愛い。
このもふもふとした手触りは癖になる。 サラストのランキングだけじゃなくて、もふもふのランキングも出してくれたらいいのに。
「名前せんぱーい!」
「うおっ、びっくりした尾浜か」
授業が終わり歩いていると、後ろから尾浜に飛びつかれた。 器用に私の腰辺りに足をまわし首の辺りを両手でぎゅっと固定している。
相変わらずにこにこと嬉しそうな顔だ。 尾浜はそのままの体勢で、首を傾げる。 さらり、と独特な髪が揺れた。
「今日のおやつはなんですか?」
「今日は栗饅頭だ」
「わーい」
まるで幼子のような会話が笑えるけれど、正直久々知ともあんまり差異がない気がする。 い組どうなってんの?
足を絡めたまま器用に両手をあげて万歳してみせる尾浜。 ちょっとそろそろ重いんですけど。
「尾浜、重い」
「はいはい、失礼しました。 今日は他のやつらに渡してきて、それから学級委員のみんなで食べませんか?」
「学級委員と? あ、そういや不破達は今日委員会だったか」
「はい、みんな委員会なんですよ。 それで寂しいから俺達学級委員も委員会をしようかって話になったんです。 よければ名前先輩も一緒にお茶しませんか?」
「委員会活動をする、と言いながらも堂々とお茶に誘う尾浜が私は好きだぞ?」
「私も、大体学級委員長委員会の活動内容なんてそんなもんだってわかってるのにわざわざ言っちゃう名前先輩が好きですよ」
「両想いか」
「相思相愛ですね、やったー」
軽口を叩きながら、尾浜に連れられて委員会をしている部屋へと向かう。 鉢屋はどんな顔をするだろうか。 そう思うとちょっとわくわくする。
ついでに一年生達を餌付けすることにしよう、そうしよう。
「名前先輩も学級委員長委員会に入ればいいのに」
「はっはっは、成績悪いから無理だ」
明日は何のお菓子にしようかなー。
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