「暑いから今日は水羊羹にしてみました」


言いながら慣れた動作で五年長屋に現れるのは名前先輩。

夏休みに学園に残る、と聞いてからほぼ毎日こうして現れる。

大抵は八つ時に、毎日違う種類のお菓子を持ってくる。
因みに昨日はわらび餅だった。
兵助にのみ、豆腐が送られる。

きらきらとした目で豆腐をまるで宝物のように眺める兵助を、更ににこにこしながら見つめる名前先輩。
そしてその名前先輩を胡乱気な目で見るのが三郎だ。

以前三郎が『アイツは兵助が女になることを望んでいる、それ故の豆腐だった…!』と真剣な顔をしていっていたがさっぱり意味がわからなかった。

しっかり人数分の冷茶も用意してある辺り、なかなかに周到だ。
ちゃっかり自分の分も入っているところがちょっと可愛い。
先輩相手にそう思うのはどうかとも思うけど。



「名前先輩、なんで毎日毎日来るんですか」

「そりゃあ、お前らが可愛くて六年のやつらが可愛くないからだ」

「俺も可愛いですか?名前先輩」

「おーその愛嬌のある顔がいっとう好きだぞ尾浜。
毛先の不思議さもミステリアスで良い」

「先輩も可愛いですよ、まるで寄せ豆腐のようです」

「意味がわからないが褒め言葉だと思っておく。
久々知、お前も絹ごし豆腐のように美しいと思うよ」

「…名前先輩、それは私を口説いているんですか…?」

「え、なんで?今のが?
なかなか難しいなあ久々知は」

「嘘だったんですか?私を弄んだんですか?」

「いや美人だとは思ってるけど弄ぶつもりはないぞー。
ほら、水羊羹を食べるがいいさ」



いいながら自分の分の水羊羹を、一口サイズに切って兵助の口に放り込んだ。

基本的にきちんと躾けられているらしい兵助は一度口に入れたものは吐き出さないし、食べるときは喋らない。

無言で味わうように咀嚼している。
でもとりあえず豆腐をはなしてもいいと思うよ。
誰もとらないしいらないから。

名前先輩と兵助とのやりとりを見て、不満げなのは僕の隣に陣取っている三郎だ。

名前先輩を見ると嫌そうな顔をする割には、こうしてほっておかれると拗ねて機嫌を悪くする。

普段飄々としている三郎が、名前先輩の前ではぐっと子供っぽくなるのをいつも笑いをこらえながら見つめている。

何だかんだで三郎も先輩が好きなのだ。



「別に好きじゃない!」

「僕何も言ってないけど?」

「なんとなく、そんなことを考えていただろう」

「うん、まあね」



今度はハチに構っているらしく、冷茶を飲もうとするハチを全力で邪魔している。

ありきたりな子供じみた悪戯なのにもかかわらず、その全てに見事に引っかかってしまう辺りハチが気を抜きすぎているのかさすが六年生だと思うべきなのか。

うーん、悩む所だ。



「おーい、不破ー?
また何か悩んでるのか?」

「名前先輩は雷蔵に近づかないで下さい、雷蔵が孕まされる」

「物理的に無理だろう鉢屋は保健委員に一からおしべとめしべ云々を習ってくるといいよ」

「名前先輩だったらできそうです、私は信じてます」

「…何言ってるの三郎」

「いたいいたいいたい!雷蔵様止めて!」



ぎりぎりと三郎の頭を手でわしづかみにする。
少し離れた所でハチと先輩が若干青ざめながら、

『雷蔵この前林檎片手でつぶしてたんですよ』
『意外に力持ちだよね不破は』


なんてこそこそ話していた。
ぐっとお茶を飲み干してから、ひざ立ちでのそのそと先輩が近づいてきた。



「不破、その辺にしとかないと鉢屋の頭と顔がなくなるぞー」

「そうだぞ雷蔵!顔がないと力が出なくなるんだぞ!」

「新しい顔にでもしてもらえばいいんじゃない?」

「出来そうだけどやめてやれー。
この懐の煎餅やるから鉢屋放してこっちこい」



いいながらひらひらと煎餅の包みを揺らして見せる名前先輩。

その煎餅は僕の好きなお店のもので、少し辛めに作られているそれを五年生で好んで食べるのは僕だけだったので実質僕のためのお菓子と思って問題はない。

後輩にはとりあえずお菓子を、と思っているらしい先輩的には僕達に対しての愛情表現の一環としているらしかった。

別に子ども扱いしているわけではない、ということをこっそり先輩から聞いた時には思わず笑ってしまった。



「わかりました、先輩と煎餅に免じて」

「私煎餅以下なの!?」



ぽい、と拘束していた手をはなして先輩に近づけば何故か嬉しそうに笑いながら煎餅をくれた。

しくしくと泣く三郎には、隣町の茶店の饅頭を。

普通のものより甘く作られているその饅頭は、三郎が好きなものでいつもは挨拶代わりに文句を二つ三つ言ってから受け取る三郎も素直に受け取って食べていた。



「あー…私将来菓子職人にでもなろうかなー…」

「客層が限られませんかそれって」

「でもそうしたらお前ら卒業しても買いに来るだろう?
お前らの菓子の好みを一番把握しているのは私だと胸をはっていえるぞ」

「もっと違う所で胸をはって下さいよ」

「先輩そしたら豆腐も置いて下さい」

「専用のを用意しとくから毎日でもくればいい」

「そうしたらいっそ住みたい」

「そうなったら豆腐屋になりそうな気がする」

「先輩が豆腐屋になったら私嫁ぎます」

「………豆腐屋かー……」

「馬鹿だ…名前先輩は実に馬鹿だ…」



のんびりと穏やかに過ぎていくこの時間が、出来るだけ長く続いてほしい。

きっとそう思うのは僕だけじゃないはずだ。



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