「なんの御用ですか名前先輩」
「五年生が女装の実習をやると聞いて飛んできました」
「そうですか、お帰りはこちらです」
「だが断る」
しかめっ面で、腕を組みながら私に立ちはだかる鉢屋。
しかしながらその格好は街娘。
不破の姿で街娘。
まったく怖くないぞ鉢屋。 ある種の迫力はあるけど、笑ったら絶対簪とか投げつけられるから黙っておこう。
不破とは相変わらずのお揃いで、色違いだ。 今度鉢屋関連のイベントがあればおそろいじゃない女物の着物をプレゼントしてやろう。 どんな顔してどんなタイミングで着てくれるのか楽しみだ。
怒鳴られて怒られて捨てられるような気もするけど。
そんなやり取りをしていれば、鉢屋の後ろから久々知が出てきた。
おお…これは。
「…予想以上だなぁ…」
「名前先輩!どうですか?変じゃないですか?」
言いながら、わずかに頬を染めながら私を見上げる久々知。 つややかな髪に長いまつげ。 白い肌は瑞々しく、思わず触れたくなる。 豆腐イソフラパワー恐るべし。
くらりとめまいがして、軽く手で目を覆った。
「久々知」
「はい」
「三食豆腐付きを保証するから結婚を前提に付き合ってください」
「言うと思いましたが本当に馬鹿でしょう、名前先輩」
「…とうふ」
「兵助も豆腐で迷うな!」
真剣に考え込む久々知の手を握りながら、『勿論、毎朝私の為に豆腐の味噌汁も作ってほしい』と付け足せば『…白無垢って豆腐色だよな』との答えが返ってきた。
いやあ、可愛いなあ。
鉢屋に二人揃って叩かれて、結局話が流れてしまった。 すこぶる本気だったのに。 残念でならない。
「あれ?名前先輩?」
「あ、本当だ名前先輩だ」
「おー不破に尾浜」
「どうしたんですか?一体」
「いや、お前らが女装の実習だって聞いたから様子を見に」
「雷蔵今こいつ兵助の女装姿見て求婚してたぞ」
「三郎!先輩に向かってこいつなんていわない!」
「名前先輩、兵助と結婚するんですか? 俺は?俺は?」
「じゃあ尾浜も一緒に結婚しよう。その髪の毛の一房すら私のものだ。ってなんだこれ両手に花か?人生最大のモテ期か?」
「花は花でも造花だけどな!!」
「それはそれでいいだろう、枯れないし」
「駄目だこいつ脳内がお花畑だ…早くなんとかしないと…!」
「名前先輩僕の女装どうですか?」
「マイペースだな!雷蔵は!!」
言いながら、少し不安げにくるりと目の前でまわってみせる不破。 淡い色合いの着物は穏やかな印象の不破によく似合っている。
髪も、量が多くふわふわしているけれど丁寧に梳いて結ってある。 多少身長があるから目立つかもしれないけれど、十分に街娘に見える。
「ん、大丈夫街にいたらお茶に誘いたくなるくらい可愛い」
「一々一言多いんですよ名前先輩は!!」
「三郎は先輩が喋るたびに絡んでくよな」
「そう言わないのよ兵子。きっと嫉妬してるのよ、構ってほしいんじゃないかしら」
「そうね、三子だけまだ褒められてないものね。本当に可哀想な子だと思わない?勘子」
「い組コンビお前ら五月蝿いぞ!」
「三郎のほうが五月蝿いよ」
「雷蔵酷い!」
考えているうちに、どんどんと会話が進んでいく中不破の女装姿を天辺からつま先までじっくりと眺めてから鉢屋を手招きして、不破の横に並ばせる。
不機嫌そうな顔をしながらも素直に従う辺りが鉢屋の可愛いところだと思う。
「うん、不破はもう少し化粧を薄めにして紅も桃色や淡い色にしたほうが似合う」
「そうですか?」
「その方が不破の良さが引き出されると思うよ。ほんわかして柔らかい感じになるから、次試してみるといい」
「わかりました、ありがとうございます」
「それから鉢屋」
「…なんですか、雷蔵に言ったなら私に言わなくても良いでしょう。 どっちみち同じ化粧にするんですから」
「どっちかわからなくするんならそれでもいいけど。 鉢屋は逆に朱や紅にした方が似合うと思う。 顔は真似ても性格が違うだろう、よかったら覚えといて」
鉢屋は少し意外そうな顔でまじまじと私を見てから、ふいっと視線をそらした。
なんだかんだでこういうことはきちんと聞くやつだと知っているので、それ以上は特に何かを言おうとは思わなかった。 不破が微笑ましそうに鉢屋を見ているから、大丈夫だとは思う。多分。
「…というか、性格まで理解しているのならなんで未だに私と雷蔵を間違えるんですか」
「ん?間違えられたいから不破の顔を借りてるんじゃないのか?」
「………」
頭をがしがしと撫でてやりたい衝動に駆られたけれど、折角苦労して整えた髪を乱すのは流石にかわいそうだと思い我慢する。 自重大事。
いやあそれにしても、皆揃って化けたもんだ。 中々の眼福だ。
「…名前先輩、そろそろ俺をスルーするの止めてくれません?」
「竹谷は予想がつくから振り向きません。 絶対出落ちだと思うし手の施しようがないし」
「ひでえ!竹子頑張ったのに!」
「私が明らかな青少年が女装してその逞しい四肢にハアハアするような変態になっても良いというなら振り返って抱きしめてあげよう」
「あ、すんませんやっぱなしで」
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