「やあ久々知」



相変わらずの眠たげな顔で、薄く笑みを浮かべながら近づいてきたのは六年ろ組の名前先輩だ。
彼は六年生の中でも特に武術や体力面では下から数えれば一等賞だと有名で、三年生くらいまでなら多分ぎりぎり負けるとは本人の談だ。
真顔でさらっとそう言われたときは正直リアクションに困ったものだ。
何故それで六年まで落第もせずやってこられたのかは謎である。

名前先輩は、私達五年生を構うのが好きらしくこうしてよく声をかけてきてくれる。

反応は人によっては様々だけど、私は名前先輩に話しかけられると反射的に笑顔になる。

隣で見ていた三郎が若干引いた。
失礼だ。



「昨日街へ私用で出かけたんだ。
これ、久々知に似合うと思って」

「私に、ですか?」



にっこりと笑いながら笑顔で渡されたのは、何かの包みだった。

『あけてみて』と促されて、丁寧に包みを開けた。



「こ、これは…!」

「最近出来た豆腐屋の絹豆腐だよ。
木綿豆腐も買ってあるから思う存分食べるといい」

「はい!有難うございます!」



指ざわりをたしかめるように、頭を撫でる先輩を私はとても嬉しくなって子供のような笑顔で見上げた。

先輩は、うんうん、と何に対しての頷きなのかわからないが数回首を縦に振りじっと見つめてきた。



「やっぱり久々知は豆腐が似合うなあ。
ミス豆腐コンテストとかあったら私全力で応援するのになあ」

「先輩が応援してくれるのなら、私も喜んで出るんですけどねぇ」

「いやいや、待て兵助。その前に『ミス』の部分に突っ込めよ!」



隣で私達のやり取りを眺めていた三郎が、半眼で口を挟んできた。

基本的に三郎は名前先輩が来ると、名指しで声をかけられない限り気配を薄くして他人のフリをするがたまにこうして何かに我慢が出来なくなるらしく結局声をかけてしまう。



「ああ、今日はわかるぞかわいくないけど可愛いから鉢屋だな?」

「何が基準なのかわかりませんが私はいつだって鉢屋三郎ですよ」

「そりゃそうだ。不破の格好をしていようが誰の格好をしていようがお前はお前だな」

「……そうですよ」

「そんなお前を七割くらいの確立で毎回間違えて悪いなあ」

「全然悪いと思ってないでしょう!それに『七割』と『毎回』じゃあ矛盾してますよ!!」

「鉢屋はいちいち細かい奴だな」



言って、先輩はきーきーと怒る三郎に『こっちは他の奴らとわけるんだぞ』と饅頭をぎゅうぎゅうと押し付けている。

三郎は少し驚いた顔で、先輩と押し付けられた饅頭とを見た後はっと我に返ったようにそっぽを向いた。



「そんなに押したら潰れるでしょう!何やってんですか!」

「まあまあ、甘いものでも食べて機嫌をなおすといい」

「子ども扱いしてるでしょう、一つしか違いませんよ!?」

「してないしてない。ああ、飴とかのが良かったかな」

「絶対子ども扱いだ!!」

「ほうら、美味しい飴をあげよう。お兄さんの所においでー」

「誘拐犯か!」



実に楽しそうに会話をしている2人に、なんだか存在を忘れられているようで少しだけ寂しくなった。

無言で先輩に近寄れば、私のほうを見て目を細めてまた頭を撫でられる。



「それ、一応生ものだから早めに食べるといい」

「はい。どちらもこの後の昼食のときに頂きます」

「ん。ああ、そうだ今日のB定食の小鉢は冷奴だったな。なんならあとでやろうか?」

「本当ですか!?先輩大好きです!」

「私も好きだぞー」

「私、先に行って注文してきますね!
今日はいつものご友人と食べられるんですか?」

「いや、特に決めていないよ」

「ならご一緒してもいいですか?」

「いいともー」

「じゃあ席とってきますので早めに来て下さいね!」



言って、食堂まで走った。
名前先輩は何故か私を見かけると豆腐をくれるのだ。

はじめは豆腐が苦手だから私に押し付けているのかと思ったけれど、そうではないらしく聞けば私が豆腐を食べるときにあまりにも幸せそうな顔をしているからだと先輩は笑って言った。

昔からなにかとちょっかいを出してくる先輩だけど、けして私の嫌がることはしなかった。

悪い人ではない、とは思っていたけれどそれから私の名前先輩への見方はがらっと変わったのだった。

豆腐をくれる人に悪い人はいない。

つまり、そういうことなのだ。









「…いやあ、相変わらず綺麗だなぁ久々知は」

「……あの、名前先輩」

「なにかな鉢屋」

「何故、久々知に豆腐を?」

「知っているか?鉢屋」

「は」

「豆腐はイソフラボンが含まれているんだ」

「…はあ」

「イソフラボンは女性ホルモンに近い成分らしい」

「………」

「女性ホルモンは体に丸みをおびさせたり、髪や肌を綺麗にしてくれるそうだ、因みに情報ソースは長次君」

「………で?」

「久々知が女になったら、物凄くタイプなんだよ。もし豆腐を毎日たくさん食べて女性ホルモンがたくさん分泌されてうっかり女の子になってしまったら私、喜んで責任をとるんだけどなあ」

「馬鹿だ!この人は馬鹿だ!」



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