今日は女装の実習をします。


笑顔で放たれたその言葉に、何人くらいの生徒が平静でいられただろうか。
とりあえず自分は『唐突やねぇ』と呟いただけに留まったが。

今日の授業内容は女装をして一般人に何かを奢ってもらう事。

なんでまた六年目になってそんな事をしなければならないのか。
手も大きくなり喉仏も出始める頃なのに。
何となく、女装好きの教師の一人が脳裏に浮かんだ。
……せめて、あんな感じの女装だけは避けたいものである。
本人が聞いたら怒り狂いそうなことを考えながら、近江は自室から着物と化粧道具を持ち出して教室へと向かった。

本来ならば自室で全ての準備を終わらせるのだが、今回は友人達で一つの教室に集まって女装が得意である宮比和歌に教わろうという魂胆だ。




「もうみんな揃ってるん?」

「ああ、湖滋郎はん。
そうやね大体みんな来てはるよ」



空き教室に入れば、他の面々も和歌も着替えをはじめていたり化粧をしていたりと奮闘していた。

近江も適当に開いているスペースに行き、まずは着替えからと私物である女装用の淡い藤色の着物に袖を通した。
女装の際に着物を選ぶコツは、自分が目指す印象と合っているかだと以前和歌に言われたからだ。

今回近江が目指すのは、柔和で声をかけやすそうな女性、である。
自分の気性から考えても元気で溌剌とした少女というのは無理だ。
また身長から考えても少女という年齢設定は少し苦しい。
故にその選択だった。

化粧も淡く、柔らかめに。
それでも男性的な部分は覆い隠す。
紅もあまり濃くない自然な色味のものを選ぶ。
和歌のような美人な顔立ちに朱はとても似合うが、自分の唇に引いてしまうと恐らく浮いてしまうだろう。
はみ出さないように慎重小指で唇をなぞり、余計な分を和紙を銜えてとり馴染ませる。

髪はよく梳かしてほんの少し椿油をつけて艶を出し、綺麗な色合いの組紐であまり高くない位置で結わえておまけとばかりに控えめだけど可愛らしい簪をさして出来上がりだ。



「…うん、まあこんなもんかなぁ」



今日は多少肌寒いから襟巻きを巻いていこう。
丁度喉仏も隠せるだろうし。

自分でざっと確認してから、そのまま和歌のところに向かう。
流石女装が得意なだけあって既に完璧に準備を終えて他の級友達の様子を見ている和歌のところに近づいた。
和歌は近江に気づき、上から下までじっくりと眺めてから一つ頷いた。




「どうやろ、和歌ちゃん」

「…うん。まあ及第点やな。
湖滋郎はんはそれほど男っぽく無いから大変やないやろ?」

「…それは私喜んでもええんやろか…」

「今は喜んどいたらええのん違う?
それを言われたらうちはどないするんよ」



口を尖らせながら腰に手を当てて言う和歌は、どう頑張っても男だとは思えない。
どこからどう見ても、街を歩けば誰もが振り返るであろう美女だ。
思わず拍手を送りたくなるような出来栄えである。

わりと早く準備が済んでしまい手持ち無沙汰になってしまった近江は、そんな和歌を見てふと悪戯心が沸いてきた。
きっと和歌ならばのってくれるだろう、という確信を持って近江は口元に笑みを浮かべ女性らしい高めの声色にわずかに色をのせて囁くように口を開いた。




「…和歌ちゃん、どうやろぉ?
私おかしくないやろか…」



少し不安げに視線をさ迷わせながら、控えめに見上げてみせる。
近江の行動に和歌は少し目を見開いたもののすぐに近江の意図を理解したらしく和歌は妖艶な笑みを作り上げた。
それだけで一気に雰囲気が変わってしまう。
これは確かに、男ならばくらっとしてしまうだろう。
…何も知らない男ならば、という言葉がつくけれど。

和歌は近江の頬にするりと手を滑らせて、息のかかる距離で囁いた。




「大丈夫、ちゃんと可愛らしいで?
……思わず接吻したなるくらいにな」

「ふふ、和歌ちゃんやったらええよ?
でもこんなに綺麗な人から接吻なんかされてしもぉたら、
私色んな人に恨まれてしまうんちゃうやろか」

「嫌やわあ綺麗やなんて」

「言われなれてるやろ?」

「他でもない湖滋郎はんに言われるのとはまた別物や」

「…嬉しい。
和歌ちゃん……」

「湖滋郎はん……」

「ちょ、ストップー!」



目を閉じて吸い寄せられるように顔を寄せ合おうとした二人を止めたのは誰だったのだろうか。

目を開ければ驚いたような表情をしている級友や、呆れたような表情をしている級友達が二人を注目していた。
その光景に満足そうに笑えば和歌も近江の頬から手を離して袖を口元に当ててころころと笑う。
一気に霧散した妖しい雰囲気に誰とも無く息をついていた。

百合…いや、薔薇…?

そんな言葉が聞こえてきて近江はとうとう噴出した。
仕掛けたのは自分だったが、まさかこんなに上手くいくとは思わなかった。




「あはは、冗談やって!
ただの予行練習やぁ」

「ほら、みんな何してはるの。
手が止まってるわ、はよやりよし」




誰が止めたと思ってんだ。

笑いが止まらない様子の近江と、しれっと女装をする続きを促す和歌を見てその場にいた全員が心の中で突っ込んだ。




言い訳

近江も和歌君も関西出身だしノリが良いんじゃないかなーと思った結果です。
多分近江は何か悪巧みする時は和歌君を誘いそうな気がします。





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