言っても中々信じてもらえないが、別に私は金にがめついわけではない。
確かに稼ぐのは好きだし余計なものには基本的に金を使わない主義ではあるが、ここぞという時に大きく使うというだけで。

だから口では『三倍返しで』だなんて言ってはいたものの、別に本気でお礼を期待していたわけではなかった。
…いや、あわよくばとは思っていたけれど。
……少しだけ。
………本当に少しだけだ。




「……これは」

「バレンタインのお返し」

「…もしかして、手作りなん?」



明らかに手作り感溢れる包みと、まだ少しだけ温かい感覚に確かめるように聞けば七尾君が首を縦に振った。
思わず手にとってまじまじと眺めてしまう。
最上君といい、七尾君といい、何故こうも一般男子らしからぬスキルを所持しているのか。
菓子作りの類が苦手な自分にとってはかなり羨ましいことである。

あまりにも物珍しそうに見ていたせいか、七尾君が不安げな視線で見てきた。
内心で慌てながらにっこりとした笑みを向けた。




「私、お菓子の類は作るん下手やから羨ましいなぁって思てただけやさかいにそんな不安そうな顔せえへんでも」

「……三倍、」

「ん?」



何故か言いづらそうに小さく呟いたその声に首を傾げれば、控えめに、しかし先ほどよりはやや大きめの声で困ったように私を見た。



「三倍返し、考えたけどできんかったちゃ…」

「…ええと」



しょんぼり、という表現がぴったりな表情で肩を落とす七尾君に私は一瞬なんと返せばいいのかわからなかった。

ホワイトデーには三倍返しで。

確かに言った、言ったけども。
あれは半分冗談のつもりで言ったのであって必ずそうして欲しいというわけでは。
そしてまさかの数日の間でのお返しに、なんと声をかければ良いのか悩んだ。
冗談とはいえ何故あんな事を口にしてしまったんだろう自分は。




「でも何にも思いつかんかった…」

「七尾君私が悪かったさかい本気でしょんぼりするんは止めたって。
私の中のなけなしの良心が痛いんやけど」



お願いやから。

そう思いを込めてその両肩を掴めば、不思議そうな顔をされた。
ほんの少しの悪戯心と日頃の感謝を込めての行動だった。
今年のバレンタイン、友達しかも男から貰っちゃったよ何考えてんだ。
そう怒りつつ呆れつつそのまま忘れてくれれば良かったんだけど。

面白そう、という気持ちが大きかったのも事実である私のチョコレートに対してこうして100%の真心でもって返されると正直どうして良いのかわからなくなる。

前世の室町の時から商人の家に生まれ育ってきた自分にとって、腹の探りあいであるとか表面上のやんわりとしたやり取りであるならば得意なのだけど。

普通の包みよりも大きめの包みであるクッキー。
普段ならば軽口をたたいて『まぁこれで勘弁しといたろぉ』とでも言って有り難く頂戴していただろうけど。

私は貰った包みと七尾君とを交互に見て、言葉を捜した。





「……いや、確かに三倍もろぉたで?」

「?」

「これには私があげた時よりも、三倍は気持ちがこもっとる。
むしろ私が多い分払い戻さなあかんくらいやろうなぁ」

「そんなこと、」

「ある。
これだけ作るんは結構な時間かかったやろぉに。
有難うな、七尾君。
大切によばれさせてもらうわ」




貰った包みにぎゅっと力を込めた。
ほんのりと心が温かくなってきて自然と口元が緩む。
そこでようやく安心したのか同じように笑顔を浮かべてくれた。

丁度もらい物ではあるけれど、良い茶葉が部屋にある。
どうせなら七尾君も誘って一緒にお茶でもするとしよう。

どたばたと食満君を罠にはめて楽しんでいたバレンタインの時ともまた違う。
のんびりとした今この時を人は幸せとよぶのだろう。



生原さんクッキー有難うございました!!





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