「よし、わかった。 ならば歌え歌うんだ湖滋郎! 今日からお前はコジロイドだ!」
「…はぁ」
「ちょ、駄目! マスターの歌は駄目絶対!!」
一通りの話を聞き終えたマスターと呼ばれる青年の出した答えはそれだった。 近江は話の流れについていけずに了承とも呆れともとれる返事をした。 それにたいして反応を返したのはミクと呼ばれていた少女で、立ち上がってびしっと指を突きつけていた。 更にその横でタイミングよく『異議あり!』と茶々を入れたのはテトと名乗った少女。
正座をしながら近江は話の流れを見守る事にした。 今口をだしてもややこしくなるだけだろう、と。
出されたお茶をすすりながら観察する。 マスター、と呼ばれている青年は未だ饅頭のようなものを食べている。 その横に置かれた大きなサイズの入れ物には飲み物が入っているようだ。 ミク、と呼ばれた少女の手には相変わらずのネギ。 何故ネギ? と問いたいがみんな誰も何も言わない所から考えてこれが普通の光景であるようだ。 そしてテト、と名乗った少女。 にこにこと楽しんでいるらしく成り行きを見守っている少女の手には大ぶりの長いパンが握られている。 先ほど少女が言っていたフランスパン、というものだろうか。
……なんというか、とてもシュールだ。
「なんで駄目なんだよー。 良いじゃん、歌で探し人とかさー。 それおぼえた誰かがまたどこかで歌って、そのうち『え!?これって俺のこと!?』ってなるんだぞなんて素晴らしい電波いや違う伝播」
「でもマスターの作る歌はいつも残念! 残念すぎる!!」
「…何が残念なん?」
隣で笑っていたテトにこっそりと聞けば、うーんと少し考えるように可愛らしく小首を傾げた。 もったいぶっているのか言葉を選んでいるのか。 …いや先ほどあったばかりだけど前者な気がする、なんとなく。
「マスターの作る歌はねえ、曲は良いんだよ、うんすごーく」
「そうなん?」
「うん、でもねえなんていうか…。 テーマとか歌詞が、残念なんだよねえ…」
「なんてこと言うんだテト! 常に一貫してぶれない素晴らしい信念じゃないか!」
「私もう嫌! 歌わされて投稿されるたびにやれ『ボカロ食堂行き』だの『病院が来い』だの『才能の無駄遣い』だの! 最近では『またお前か』とかそんなタグまで…!」
「お前だってこの前歌わせた『もしも鍋の中身が全てネギだったとしたら…?』はノリノリで歌ってただろ!? ロックテイストかつアップテンポでご機嫌な歌だったのに!」
「ネギは良いの! それに湖滋郎君までマスターの毒牙にかける気!?」
「そこはちゃんと真面目にやるっての!」
「え?」
「え?」
「えっ?」
「……まさかの全員からの驚きやねえ、マスターさんはどういう人なん…」
少女二人に驚かれ、マスターと呼ばれる人は驚かれた事に驚いた様子だった。
段々ぬるくなってきたお茶を手持ち無沙汰に手の中で弄ぶ。 湯飲みの中で揺れるお茶を見ていると、常日頃水を欲しがる友人を思い出した。 よく水筒を取り出してあげていた吉野は消え、そして自分も今こうしてここにいる。 自分達じゃなくても他にも水をあげる級友達はいるだろうが、それでも少し心配だ。 …平ちゃん干からびてへんかったらええけど。
驚かれた事に拗ねたのか、マスターと呼ばれた人は立ち上がり部屋の隅へと向かった。 何か平べったい板のようなものと、何かの箱。 そして平にねかせた板を取り出してなにやらし始めた。 何となくそれを見ていれば、その人はふと思い出したかのようにこちらを振り返る。
「そういや自己紹介まだだったよな。 俺の名前は増田志賀。 親しみを持って『マスター』と呼んでくれ!」
「はぁ、マスターさんな…」
「あ、私も自己紹介してない! ごめんね今更だけど私は初音ミクだよ。 残念なマスターのボーカロイドなの」
「ミクさん酷い」
「ボーカロイド?」
「あれ?知らない? 入力された歌を歌う為のプログラムの一種みたいな感じなんだけど…」
「私は自己紹介さっきしたもーん。 私はボカロっていうかUTAUだよ」
「…ようわからへん単語がいっぱいやなぁ」
「うーん…多分貴方も私達の似たような存在だと思うんだけどなあ…」
輪になって悩む三人に、マスターは机に向かって何かを操作し始めた。 手馴れた様子で何かをしようとして、ふと違うところを操作した。 表示されたものを一通り眺めてから『おお…!』と感嘆の言葉を漏らした。 その声に二人が反応してマスターの方を見た。
「さっきから何やってるのマスター」
「いや、ちょっと起動させようと思ってたんだがその前に! こいつを見てくれ…どう思う…?」
「凄く…綺麗なプログラムです…」
「だろー!? やっぱテトはノリが良いなあ! ほら、前にウイルスにやられて困ってただろ?」
「ああ、あのマスターのバスターの期限が切れた直後の惨事の」
「うるさいぞミク。 まあ、それをな? 最近直してくれる人が出てきたんだよ。 一応有料ではあるんだが仕事は早いし確実だし、値段も手ごろだって聞いて試しに頼んでみたんだけど…これは当たりだったなー」
でも基本料金を安く設定してそこからオプションとして金をプラスしていくとか中々やるなー、と呟くマスターの声にそれが自分でもそうしただろうと内心で頷いた。
暫く嬉しそうにそれを眺めた後、また別の操作をして何かの画面を出した。
「あれ、マスター本当に曲作るの?」
「おー。 湖滋郎、俺が曲作るからお前は歌詞考えろ」
「え?」
「もしそれをお前の仲間が聞いた時に思わず名乗り出ずにはいられないようなのにすればいい。 恥ずかしい過去とか秘密とか、もしくは涙ながらの懇願だとか」
「…マスター? 大丈夫ですか、普通の曲を作るなんて…」
「それどういうこと、ちょ、熱計ろうとするのやめてもらえます?」
「で、ほんとーにどういう心境の変化なの?」
「いやあ、そりゃ拾ったからには面倒みるさ。 こいつ拾ったときそりゃーもう途方にくれた顔してたんだぞ?」
マスターの言葉に二人の視線が集まった。 事実ではあるが少しだけ気恥ずかしくて曖昧に笑みを浮かべた。 否定はしない。 消えた仲間を心配している気持ちは本当なのだ。
近江の表情に本当だと納得したのか二人はまたマスターの方を見た。 もう既に何やら打ち込んでいる様子のマスターは真剣な顔で薄い板から目を離さずに更に言う。
「湖滋郎」
「はい」
「交換条件だ。 お前飯作れるか? …ネギ料理とフランスパン以外の」
「…はあ、まあ。 基本的なもんやら郷土料理やらで良ければ」
「郷土料理! 良いねえ、俺滋賀の郷土料理って言われても近江牛しか浮かばねえけど」
「のっぺいうどんやら鯖素麺やら、海老豆や小鮎の甘露煮なんかもそうやねぇ」
「和食良いね和食! コンビニ飯やネギとフランスパンには飽きてきた所だ。 今日からお前飯作れ。 そしたら協力してやる」
一気にマスターのテンションが上がり、何やらカタカタと忙しなく動いている手のスピードが上がった。 その様子を目を丸くして見守る。 見ず知らずの人にここまでしてくれるだなんて、どういうことなんだろう。 どういう腹づもりなのかと考えていたら両方から肩をたたかれた。 見れば少女達が呆れたような顔で、
「気持ちはわかるけど、マスター本当に何も他意はないと思うよ…? 悪い人じゃないけどちょっとその、単純なところがあるというか」
「有り体に言っちゃえばお馬鹿さんなんだよねえ。 まあ、やる気になってるんだし良いんじゃない? 甘えちゃえ甘えちゃえー」
そう言って、『ちなみにうちのご飯は常に大鍋で作るし一回の食事でそれ全部消えるから本当に大変だよ』と付け加えた。 大量の料理を作るのは学園生活で慣れているので苦ではないが。 …どれだけ食べるんだろうマスターは。 ぱっと見ても巨漢どころかむしろ細身な体躯をしているというのに。 一体それだけの食べ物がどこに消えていくんだろう。 ぼんやりとそう悩んでいた近江だったが。
「あ、言い忘れてたけどこれ出来たらすぐに歌ってもらうから今のうちに歌詞作れよ湖滋郎ー」
「…え」
その言葉に意識を持っていかれた。
その後案外友人達が近い位置にいた、という事実に打ちひしがれたりするのだがこれはまた別の話である。
言い訳
ついつい滾って(二回目)
途中で出てくるプログラム直す云々の下りは例のあの人です、勝手にリンクすいません。 本当はもっとテレビ見てたら都会に猿出没か!?みたいなニュースで最上君が普通に捕まえている所が移って咽たり、マスターが「街ん中で腹へって動けなくなってたら通りすがりのオレンジ色の好青年が懐から出した大量の蜜柑くれた蜜柑ウマー」とか言い出して近江が頭を抱えたりとか色々したかったです私リンク話自重。
ボカロパロ美味しかったですご馳走様でした!
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