「先輩、ご相談があるんですが」
言いながらひょっこり現れたのは、一つ下の後輩だった。 自己主張の激しく個性の強い四年生の中では、珍しくまともなその後輩は委員会が終わった丁度そのころに控えめに図書室をのぞいている。
交流はなくもないけれど、そこまで仲が良いわけではない。 委員会だって違う。
しかしながら、不思議と波長があうのか会えばなんとなくほんわかと和んでしまうそんな少年だった。
名前を、苗字名前。
今この図書室にいるのは、僕と中在家先輩だけだ。 委員会活動が終わり後輩たちは先に帰らせて、丁度図書室を出るころだった。
少しだけ悩んでから、中在家先輩に視線をやれば一つ頷かれたので
「いいよ名前、入っておいで」
にっこりと笑いながらそう促した。
礼儀正しく、失礼します、と一声かけてからそっとこちらに近づいてきた。 本当に四年生らしからぬしおらしさだ。
「それで、相談って?」
「ええと、実は」
好きな人ができたんです。
と、消え入りそうな声でやや顔を赤らめながら名前は言う。 なんとも初々しい反応だ。 四年生ともなれば色の実習も受講済みだろうに。 なんとなく微笑ましく俯く名前を眺めたけれど、ふと疑問に思う。
「うーん…?なんでそれを僕たちに相談しにきたの?」
正直なところ、僕も中在家先輩もその手のことについて多少は相談にのれるが良い相談相手とはいえないのではないか。 後輩から頼られればそれは嬉しいし、応えたいとも思う。 けれど、何故。
「そこが問題なんですが、えーとですね。 その好きになった人が」
先輩方もよくご存知の方で。
言われて、思わず中在家先輩と顔を見合わせる。 誰だろう。 まさか三郎?いやでも、それこそ僕以上に接点がないし変態だしだったら八とかいやでもどうやって知り合って?兵助とはたまに話しているところを見るけどどう考えてもそういう雰囲気じゃあなかったし豆腐だしああでも名前が表面上上手くそういうのを隠せるのであればわからないだろうしあれ?でも今さっきの名前は見ていてすぐにわかるくらいにわかりやすかった、いやでも、ううーん…。
ぐるぐると悩みだした僕。 中在家先輩はじっと名前が口を開くのを待っている。 暫く言うべきか、と悩んでいた名前だけど意を決したのか中在家先輩の無言の圧力に負けたのか口を開いた。
「それが、ええと…。 七松 小平太先輩なんです…」
「え!」
「…………」
なんでまた。
僕と中在家先輩の心の声が一致した、気がする。 名前は勢いのままさらに顔を赤くして続けた。
「中在家先輩。僕、七松先輩が好きなんです! 七松先輩が好きすぎて、嫌がらせしたり泣かせたりいじめたり最終的にはあのまるで獅子のように凛々しい人が僕を見ただけで必死こいて脱兎の如く逃げ出す、そんな関係になりたいんです!」
どうしたらいいですか?
真剣に中在家先輩に訴えかける名前。 同じく真剣に、その問いに答えようとする先輩。
え、なにこれ。
おかしくない?
「え、ちょっと。名前? 後半なんかおかしくない…?」
「え、何かおかしいですか?」
まともな後輩が、至極真面目な顔で、とんでもないことを言ってのけた。 わざと言っているんだろうか。 しかし、名前は本気でわからないらしく首をかしげている。 中在家先輩は、なにやら小声でぼそぼそとしゃべり始めた。
「えーと、すみません不破先輩。 中在家先輩はなんと…?」
「『小平太はほとんど本能で生きている野性に近いから、人間としての本能に訴えかければいいだろう。まずは手懐けて安心させてからじわじわと…』…って何真面目に答えてるんですか!」
途中まで代弁して、思わず突っ込んだ。
中在家先輩は少し不満そうな顔で、さらに小さい声で『後輩の相談にのるのが先輩としての役目だ』ともっともらしいことを言う。 言っていることは確かに立派ですが、状況を考えてください先輩。
「人間としての本能…。 わかりました!食欲・性欲・睡眠欲ですね! とりあえずお近づきになるために餌付けから頑張ってみようと思います! くのたまから料理を習うことにしますね!!」
ぐっと握りこぶしを作る名前に僕はもうそれ以上は言えなかった。 まあ、七松小平太先輩だし。
……なんとかなるだろう。
持ち前の大雑把さを総動員させて、この件は忘れることにしよう。
きっとあの人ならころしてもしなないし大丈夫。うん。
翌日仲良くお団子を食べている二人を見かけた。
にこにこと嬉しそうに食べている先輩。 それを同じく笑顔で見つめる名前。 あの先輩の笑顔が歪むのはあとどれくらいのことなんだろう。
とりあえず、先輩。
頑張ってください。
目の前の後輩は羊の皮を被った得体の知れない何かです。
|