俺は毎朝電車で通学している。 因みに大学生だ。 そこまで都会でもないし、大学への道は車で行きたいものだと思うときもあるけれど如何せん金がない。
同じゼミの子が 『男はやっぱり車持ってないとねー』 なんて言っていたのを聞き俺は大層衝撃を受けたのを覚えている。 だって、今時この不景気の俺の歳で車持ってるって中々ないぞ? 俺が出てきた田舎の方では車がなければ買い物にもいけないくらいの田舎だったから、車を持っているのは必須だったけど。
これだけ交通整備が出来ているここで、車。 つまりどれだけ金を持っているのかわかりやすく示せと。 でも車だけ良いの持ってて後は貧乏ってやつもいるしなー。
まあ、言い出した女子がそのゼミで一番の美人じゃなければここまで気にすることもなかっただろうけど。
正直な話金とか知性とか顔とか運動能力だとか特殊能力だとか。 どれか一つでも良いから、複数才能を与えられた人間は他の人にまわすべきだと常日頃から思っている。
俺なんて、基本的に生活費はバイトで補ってるし。 成績の方も必死で頑張ってようやく中の上だし。 顔も、強面なのかなんだか知らないけれど中々みんな寄ってきてくれないし。 …そこまで酷い顔だとは思わないんだけどなあ。 自己評価だからなんともあれなんだけどさ。 運動能力は、あんまり目立った活躍もないし。 何故か学生時代はそこそこ良い成績つけててもらって先生に感謝したけど。 特殊能力…、どれだけ騒がしい場所でも自分の世界に入れます。 ってこれただの妄想野郎じゃないか。 もう泣きたい。
まわりに乗っている乗客は、そんな俺の心が読めるのかそれとも俺の顔にまるまる出てしまっているのか一定の距離をとったまま近づこうともしないし。
あー彼女欲しい、彼女いない暦=年齢とかなんとかしたい。 特別美人じゃなくてもいいから家庭的で俺のことを好きになってくれる女の子求む。
「…ん?」
重いため息をつきながら、俯けばなにか足元できらりと光るものが。 なんだろう、金か?
しゃがみ込んでよくよく眺めてみれば、どうやらコンタクトレンズのようだ。 はて、誰か落としたんだろうか。
とりあえずそれを拾い辺りを見回せば少し離れた所で学生さんがこっちを驚いたような顔で見ていた。
なんで? べ、別にしゃがみ込んでスカートのぞこうとか 痴漢行為を働こうとしたわけじゃないんだから! そう、ただコンタクトレンズが落ちてたから拾っただけなんだからね!
なんて内心で一人ツンデレ少女ごっこ(ちょっと釣り目でツインテールだと更に良し)をしながらも外側では平静を装い学生さんに近づく。
「これ、君の?」
声をかければ、やっぱり呆然としたような顔で俺を見ている。 …なんだろうそんなに俺の顔が変か? そういう学生さんは、この辺では有名な私立の進学校の制服を見にまといさらさらした黒髪が目を引く涼しげな美少年。 どちらかといえば中性的な印象を与えるその少年は、差し出したコンタクトレンズをそっと受け取った。
まさにさっき軽く呪ったリア充そのまんまなパーフェクト超人のような少年だったのでもしかして俺みたいなのが拾っちゃったからイラッとしてる?
と、若干びびりながらも反応を見る。 ああこういうとき俺も喋るのが上手ければ…!
悶々としているとそれを悟ったのか慌てたようにお礼を言われた。
「……ありがとうございます」
…なんでちょっと不思議そうなの?
こっちが不思議だよ、と思いながらもなんとか頑張って表情筋を励まして笑みの形を作ることに成功した。
暫く笑ってないと筋肉がばきばき言うような気がする。
俺の渾身の笑顔に少年が一歩引いたような気がするけど、気にしない! 俺強く生きていくよ! でもちょっと涙が出そう!
くそう、いいんだぞ別に。 キモイならキモイって言ってくれても。
少年は美形さんだから嫌な事は嫌って言わないと変態さんに勘違いされちゃうぞ!?
やや荒みながら自虐気味に、
「表情や言葉に出さないと駄目なこともあるんだぞ?」
主に変な人に話しかけられた時とかな!! 変な人?それって誰のこと? 俺のことー!
…もうやめよう、俺のライフは0だ。
やさぐれながらも丁度俺の降りる駅についてドアが開いたので、そのまま背を向けて降りることにする。 あー…少年の中では絶対今日変な人に絡まれた、っていう印象しかないんだろうな…。
とぼとぼと電車を降りる俺の背後から何か声が聞こえたような気がしたけれど、きっと気のせいだろう。
しまった。
そう思ったときにはもう遅く。 電車の中で、ふとした拍子にコンタクトレンズを落としてしまった。 すぐに探そうかと思ったけれど、ここは電車の中。
地面に落ちたコンタクトレンズを探す。 それはつまり、地面に這い蹲って探さなければならないということだ。
この私が? 人目のある、この車内で?
どこぞの後輩ではないが、自分自身随分と恵まれた容姿をしていると思う。 成績も優秀であり、それ故にプライドも高いということも一応自覚している。
しかもこの電車には同じ学園の学生も乗っているのだ。 その中でまさかこの、立花仙蔵がそんな真似をするというのか。
私はできる限り平静を装いながら、目線だけで地面を探す。 不幸中の幸いなのかもう反対側のレンズは落ちていない。 多少差があってぼやけるものの、できる限り見える目で辺りを見るけれどそれらしいものは落ちていない。
こんなときに限って予備も持っていない。 どうしようか、と学園が近づくにつれ焦りが出始める。 どこかに電車が止まり、誰かが歩けば踏まれて割れてしまう可能性が高い。
半ば諦め始めたその時、ふといつも電車に乗り合わせる青年がその場にしゃがみ込んだ。
青年は、あまり表情こそ変わらないものの切れ長の眼をしたかなり見目麗しい人でよく電車に乗っている女性達がちらちらと見るもののなんとなく近寄りがたい雰囲気を持っているので遠巻きに見ているという人間だった。
人間味をあまり感じさせないその目は、いつもどこか遠くを見ている。
電車に乗るたびになんとなく観察していたが、車内で何か行動を起す姿を見るのははじめてでおもわずまじまじと見てしまう。
何かを拾ったらしい青年が顔を上げれば、ふと私と目があった。
思わず射抜かれてしまいそうなまっすぐな目に、思わず緊張がはしる。 初めてのことに混乱すればその青年が私に近づいてきて、おもむろに何かを差し出した。
反射的に受け取ってみれば、
「…これ君の?」
さっきから探していたコンタクトレンズだった。 まさか、先ほどしゃがみ込んだのはこれを拾うために? それにしてもまっすぐにこっちに歩いてきた。 もしかして、私がこれを落としたことに気づいていたんだろうか。 そうとしか思えない。
全然こちらを見ていなかったのに、何ということだろう。
驚きで呆然としながら青年を見れば私の視線に気づいたのか、 ふ、とその表情をゆるめた。 はじめて見た、笑顔に衝撃を受ける。 しかも、至近距離でだ。
どこか近寄りがたい印象のあったのに、纏う雰囲気ごとがらっと変わり穏やかな空気が流れる。
「表情や言葉に出さないと駄目なこともあるんだぞ?」
「え、」
困ったことがあるなら、ちゃんと口に出せ。
言外にそう含めた言葉は少しの呆れと優しさからの言葉だろう。 見知らぬ人間なのに、なんという。
慌てて改めて御礼を言おうとすれば、もうすでに電車を降りた後で。 …なんであんなに行動が早いんだ!
苛立ちを感じながらも届かないことを承知で『有難うございました』と呟いた。
今度会う事があれば、名前を聞いてみようか。
知らず知らずのうちに緩む口元をそのままに、仙蔵は離れていく駅を見送った。
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