電車に乗ってから、学園に着くまでの10分間。
俺だけしか知らない奇妙な出来事がある。

俺は大川学園に通っている、一生徒だ。
ユニークな校風と多彩なイベント、そして文武両道な進学校としても有名であるこの学園はそのユニークさに比例して通っている生徒達もまたユニークだった。

因みに俺は違うよ?
いうなればほら、あれだ、モブ。
個性豊かな主人公たちが紡ぎ出す物語の片隅で、野次馬やってみたり当て馬やってみたり、負け犬やってみたりのあれですよ。
…なんでこの手の言葉には動物が入ってるんだ。
動物には罪はない。
そんな俺は生物委員である。

いや、そんなことはどうでも良いんだ。

俺が電車に乗って、学園に着くまでその間3駅ほど。

今日もすし詰め状態の電車の中で、つり革に何とかつかまりながら窓の外を眺める。

ビルが多いけれど、学園の周りには何故か自然が多い。
だから学園に行くにつれてぽつぽつと木々が現れていく。
そして、丁度電車が走る線路の正面には一本のそこそこ細い道がある。
たまにそこを眺めていると、自転車で走っていたり、のんびりと友達同士で会話しながら登校している姿も多々見られる。


そして、丁度残り2駅になったころにいつもそれは現れるのだ。




「…きた!」



電車が動き出すのとほぼ同時くらいに、街中から凄い勢いで線路に面した道へと何かが飛び出してくる。
はじめはバイクか何かだろう、とさほど気にしていなかったけれどそれが何であるかを認識した今俺の目はその『何か』に夢中だ。

ゆっくりと走り出す電車と同じ速度で、少しずつ加速していく。
だんだんとスピードを上げていくこの電車に遅れることもなく、軽々とついてくる。

特別必死そうでも無く、何故か笑顔で笑いながら猛ダッシュしているそれは紛れもなく人である。

更に言うならば、うちの学校のおそらく先輩だ。


分厚いガラス一枚隔てた、遠い場所から『いけいけどんどーん!』との謎の掛け声が聞こえてくる。
これはたまに学校内でも聞く声だ。


土煙をあげながら、制服姿のまま、重そうな鞄を肩から提げたまま走るその姿は『え?幻覚?』と思わず目をこすってしまいそうになる。

よくぞまあ、そんな姿でそこまで。


学園の近くに差し掛かると、丁度その細い道も木々に阻まれて見えなくなるんだけど、最近気づいた衝撃の事実に俺は常識を捨てようかと思っている。


うわあー、あの先輩木々の上を飛んで移動してるー…。
すごーいまるで忍者みたぁーい…。


なんでまわりは気づかないんだろう。
気づいていながら知らないフリをしているんだろうか。
それともいつもの光景過ぎてスルーしてるんだろうか。
むしろ、俺の動体視力が良いから目視できているだけで本来その姿は残像としてでしか認識できないとか。

暑苦しく息苦しい車内もあの先輩を見れば忘れられる。
運動神経が良いってレベルじゃねーぞ。

あまりに凝視していたのか、学園の最寄の駅付近になってその先輩が唐突に俺を見た。気がする。

気のせいかとも思ったけれど、気のせいじゃなくて後から無視されただの何だの絡まれたら困るので一応会釈だけしておく。

そうしたら、少し目を見開いてからぶんぶんと手を振ってきたのでそれも同じく返しておく。

中々にサービス精神旺盛な先輩らしい。
もっと怖い人かと思ってた。勝手に。



これが、俺の知っている『朝の通勤電車の怪』だ。



俺はそう締めくくり、なんだか微妙な顔をしている級友達に向き直った。
どうだ、怖いだろう。

一人は相変わらずのぼんやりとした顔で、『おやまあ』なんていつもの口癖を言った。

もう一人はよほど怖かったのか、いつもぐだぐだとよくもまあ口が回るものだと密かに感心している普段の姿のかけらもなく机に突っ伏したまま動かない。

はて、どうしたんだろう。



「…おい平、どうしたんだ?」

「……お前、それってまさか」

「それは確かに怖い話だね、でも誰かに話してしまっても良かったの?」

「ん?」



ぼんやりとしたまま、こてんと首を傾げる綾部。
ああこいつ女だったらほっとかなかったのに。
言われた意味を理解しようと思い返せば、更に重ねるように綾部が続ける。



「そういう話はね、人に話すと災厄が降りかかるというのがお約束なんだよ」

「災厄…ってあれもしかして人間じゃなくて妖怪的な…!?」

「うん、まあ、強ち間違いでもないけれど」

「マジで!?」

「まあでももっとわかりやすく表現するなら、」

「…綾部、止めろ」


「噂をすれば影、ってね」

「へ?」



綾部が言ったのが早いか、それとも教室の戸が壊れんばかりにあいたのが早いか。

ガラピシャーン、という音に驚いて後ろを振り返れば例の怪談の中心人物な先輩がきらきらとした物凄い良い笑顔でこっちを見ている。




「たのもー!そこの一年!電車でいつも見てくるお前!」

「え?俺っすか?」




うわあ本物だ、なんてちょっと逃げ腰で返せば横にいた平が何故か哀れむような目をして俺の制服の裾をつかんだ。
綾部はもう既に興味がないらしく、ぼんやりと窓の外を眺めている。





「…おい」

「どうした平」

「安心すると良い、この平滝夜叉丸がお前の骨を拾ってやろう」

「は?」

「だから行ってこい!そしてくれぐれも私を巻き込むんじゃないぞ!?」

「どうした平、って二回目だぞ」

「おい滝夜叉丸!そいつをよこせ!」

「はい七松小平太先輩!今すぐ!!」

「なんかよくわからんが生贄にされた気がする」















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