くのたまの六年生には特別仕様の生徒がいる。

文武両道、容姿端麗。
なんて言えばどこぞの四年生を彷彿とさせるけれど、あくまでもこのくのたまの場合は『他称』であり『自称』ではなかった。

性格的にも申し分なく、少しおっとりとした様子で後輩達には優しくときに厳しく接し慕われ、同級や一つ下の学年には気さくに接しよく談笑している所を見かける。

さて、果たしてそんな完璧な生徒がいるのかといえば当たり前だけれどそうではなく。

勿論、彼女にも欠点があった。
しかもかなり致命的な。

今日も今日とて、同級生の忍たまと談笑しながら憂いを帯びたような表情で悩ましげなため息をついた少女はまるで恋をする乙女のような面持ちでこう漏らした。



「…ねえ伊作、後輩達に罵られるにはどうしたら良いかしら?」

「………は?」



少女の言葉に今の今まで会話をしていた伊作と留三郎は顔を見合わせた。

果たして今そのような話をしていただろうか。

委員会の話をしていて、予算が足りないとか最近忙しくて大変だとかそんな話の流れだったはずだ。

しかしこの少女はそんなことはお構いなしで、頭の中に浮かんだものをそのまま口にする癖があった。
あくまでも、同級生限定だが。

発言の意図がわからない、いや、多分意図なんてないんだろう本気でそう思っているこいつは。

なんと返すべきなのか悩む二人を尻目に、少女は更に続けた。



「ほら、五年の鉢屋君いたでしょう?
彼が委員会をサボって悪戯をしていたときに、同じ委員会の一年生に捕まってお説教されていたのよ。
それを見ていたら、なぜかしら、不思議ときゅんとしたの」

「ちょ、そのまま話を続けないでくれる?」

「何でお前は後輩達には良い先輩なのに俺達の前じゃそうなんだよ」

「後輩達の夢を壊すほど鬼畜じゃないし後輩達大好きだもの。
目に入れても痛くないし、石ぶつけられても愛しい」

「ああ、駄目だ留さんこれ名前子かなり重症だよ」

「誰か鉢屋よんでこい、後輩に説教されたときまで時間を戻して責任もってなんとかしやがれ」

「口汚く罵ってくれても良いし、鉢屋君のところの後輩達みたいに諭すようにしてくれても良いの。
ねえ、ちょっと2人のところの後輩紹介してくれない?」

「うちの子はやらねえぞ!?」

「紹介してどうするの、名前子後輩達に『罵ってください』とでも言う気?
言えないでしょう?何言ってるの名前子」

「もう手っ取り早く一年は組にでも突撃しちゃおうかしら」

「やめてあげて!土井先生の胃のライフはいつでも0なんだから!!」



こうして、時々名前子はぶっ飛んだことを言い出すのだ。

そして言い出したことを実行できる力と人望があるだけに性質が悪い。
その見た目も物凄く真っ当な人間に見えるから、容姿が整っているというのは得だなと二人はこういうときに思うのだ。

なぜなら、



「伊作先輩、名前子先輩を苛めてるんですか…?」

「うわあ!数馬いつの間に!!」

「食満先輩、名前子先輩はくのたまですけど、悪い人じゃねえです!」

「作兵衛まで…!」



どちらかといえば苛められていたのは伊作と留三郎の方だった。

弁解しようとしても、二人は名前子の前に立ちはだかって退かない。

名前子は突然現れた後輩達に、はじめは驚いていたものの一生懸命自分を守ろうとしている後輩達に徐々に笑顔になっていく。

数馬と作兵衛は丁度名前子に背を向けている状態だから気づかないけれど、笑顔のままご丁寧に両手をぽんと合わせていかにも『良いことを思いつきました』と言わんばかりの動作をして見せた。



「二人とも、別に怒られてなんていないわよ?」

「嘘ですよ!さっき二人に詰め寄られてたじゃないですか!!」

「あれは、えーと…そう、私がちょっと悪戯をしてそれを二人に注意されていた所なのよ」



にこにこと笑いながらそう発言した名前子。

どう考えてもこの騒動の元凶である鉢屋の行動を真似したものだった。

折角優秀な頭脳を持っているのに、中々有効活用されないようだ。

罵られたいのならば手っ取り早く嫌われてしまえばいいのだが、後輩が大好きすぎて死ねると常日頃から公言している名前子にその選択肢は存在しない。


さあ、思う存分どうぞ。

そういわんばかりに笑っている名前子に伊作と留三郎は頭が痛くなった。

数馬と作兵衛は名前子の言葉にぽかんとした表情を浮かべてから、すぐに数馬は少し悲しそうな顔を、作兵衛は眉を吊り上げて怒ったような顔をした。



「名前子先輩!別にかばわなくったっていいんですよ!?
先輩がそんなことするわけないじゃないですか!!」

「そうですよ!それとも俺達では頼りになりませんか!?
むしろ先輩は悪戯された生徒を助ける側じゃねぇですか!!
嘘つかないで下さい!!」

「…あれぇ?」



予想と違った。

どこからどう見ても顔にそう書いてあるのに、
後輩達は気づかないらしい。

困った顔をした名前子から矢羽音がとんできた。


『本当はもっと正座とかさせられて説教されたり罵られたりする予定だったのに予想外の事態になった、今このまま正座したらそのまま罵る方向にシフトチェンジすると思う?』


案外真面目な顔で答えを求めているらしい名前子に、二人は揃って首を振った。
勿論、横に。



「名前子先輩!聞いてるんですか!?」

「あ、ごめんねちょっと考え事してた」

「名前子先輩の馬鹿!!心配してるんですよ!?」

「!」



馬鹿、と言われた辺りで名前子がちょっと嬉しそうに頬を染めた。

…何なんだろう名前子は後輩限定でMにでもなってしまったんだろうか。

即座に
『聞いた!?今の聞いた!?馬鹿だって!!可愛い!!』
と浮かれた矢羽音がとんできたけれど正直顔を見ればわかる。


嬉しそうで何よりだけど、僕達の株が大暴落した件について。

どうしてくれるの。

未だ恍惚とした表情で後輩達を見ている名前子に揃ってひっそりとため息をついた。




「#年下攻め」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -