うちのじいちゃんが昔言っていた事を、今になって鮮明に思い出す。


目が見えて耳が聞こえて話せて、歩ける足があればどこに行ってもどうとでもなる。
更にそこに、手に職なんかあれば完璧だ。
道具があって、身一つあって、バケツ一杯分の水さえあればどこでだって仕事ができる職業なんだぞ。

そういって仕事場でからりと笑っていたじいちゃん。

この流れだと今はもうお星様的な落ちになりそうだけど、未だにぴんぴんしてますこの前年金もらえる歳になってたけどすっかり忘れてた、だってまだ肩上がるし常連のやつらはしぶとく生き残ってるし何もしないのもボケるしなわははははは。

なんて言ってましたよ、超人だよあの人。


ああ、じいちゃんに会いたい。

いまやすぐにあえる距離じゃなくなっちまったけど、その言葉のおかげで俺は今日もなんとか生きています。




「いらっしゃいませー!今日はどうしときましょー!」

「明日逢引なのよ、可愛い髪形にして頂戴」

「うわぁやだなあお客さん元々可愛いじゃないっすかー。
彼氏が羨ましすぎますよホント!」

「もう!名前ちゃんてば上手なんだから!」



何百年も過去に来ちゃったみたいだけど。
ここがどこなのかも全然知らないけど。
正直、いつ帰れるのかもう一生帰れないのかもわからないけど。

無一文でこの時代の常識も知らないし、頼れる人もあたりまえだけどいなかったけど運よく仕事帰りで道具一式は持ってたし、『髪結い処』と掲げられた暖簾を見て飛び込んで土下座して


『お願いです住み込みで働かせてくださいなんでもします!』


と頼み込んだら何とか雇ってもらえたし。

仕事は大変だけど、現代で仕事してた時みたいに流行を追うのは同じだけどまったく知らない新しい技術を必死こいて勉強する必要なないだけこの時代は楽かもしれないし。

うん、まあ。



「なんとでもなるもんだなぁ…」



髪の毛の一本もほつれさせずに、ぴしっとまとめあげてみせれば俺を拾ってくれた張本人でありその腕に惚れ込んで勝手に師匠と崇めている店主がちらりと作り上げた髪形を見て何も言うことなく自分の仕事に戻った。

よし!駄目出しは入らなかった!

今日は調子いいな!


にこやかにお客さんを見送りながら内心でガッツポーズを作った。




「名前兄ちゃーん」

「お、タカ丸坊ちゃん」

「もう、坊ちゃんは止めてってば!」



むう、と頬を膨らませながら不満げに見上げてくるのは師匠の息子さんのタカ丸君だ。

普段はどこかの学校に行っているらしく、店にはいない事が多いけれどわりと頻繁に帰ってきては店を手伝っているもしかしたら将来俺の上司になるかもしれない少年だ。

若いのに素晴らしい技術を持っていて、今の俺の目標はタカ丸君よりも上手く、早く、美しく、だ。

年下にライバル心を抱くのは年上としてちょっと格好悪いので表立っては言わず、心の中で闘志を燃やしている。

明らかに物理的に無理そうな形状の髪型を一瞬で作り上げてしまうその謎の技術の正体をつかみたい。

この時代スプレーもないのに。
せいぜい椿油がいいとこなのに。

うーむ、謎だ。



「ね、ね!名前兄ちゃん俺の髪切ってよ!」

「ん?師匠じゃなくていいのか?」

「いいの!名前兄ちゃんに切ってほしいの!
前も切ってくれたでしょ?」

「あー…その節は悪かった。
いくら珍しい金髪だったからって流石にこの時代にアシメカットはないわー」



毛先を揃えたり、長さを整えたり。
そして最後に髪を結う。

その一連の流れの中に、カットだけでスタイルを作るという観念はこの時代にはなかったのだ。

まあでも仕事だし、勉強になるし、と自分に言い聞かせていたけれどついついこの目の前の少年が『髪を切ってほしい』と言ってきたとき、ついつい爆発してしまったのだ。



「え、何で謝るの?」

「タカ丸君の意見も聞かずに、俺が暴走しちまったから…。
ずっとタカ丸君を見て我慢してはいたんだけどな。
あんなお願いされたら、そりゃあ理性も切れる。
俺が好き勝手にいじっても嫌がらないし」

「ちょ、名前兄ちゃん?」

「でも別に誰でもよかったわけじゃないんだ。
お前じゃなきゃ駄目だった。
あの時は本当に手荒にして申し訳なかった。
きっと欲求不満だったこともあるんだと思う」

「名前兄ちゃん色々と言葉が足りないよ!!
妙な誤解されるってうわあここ往来だよ兄ちゃーん!?」



髪だよね!?

俺の髪が金髪だからいじりたかったんだよね!?
多少奇抜な髪型にしても怒んないから、嬉しかったっていうだけだよね!?

俺達の会話を聞いてひそひそと噂話をはじめた街の人たちにも聞こえるように大きな声で、顔を真っ赤にして訂正するタカ丸君は中々に可愛かったです。

それでも俺がタカ丸君の髪を切ることは彼の中では既に決定事項らしく、ぶつぶつと文句を言いながらも後からついてくる。

いやあ思春期の少年をからかうのは楽しいなあ。

なんだかんだで俺を慕ってくれているらしいタカ丸君や、厳しいけれど尊敬している師匠がいる限り俺はこの世界でも頑張っていけそうだよ、じいちゃん。




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