「俺たちは人間に戻れるのかな」

グランは悲しそうに呟いた。私はどう返事していいか分からず、ただただその月に照らされた真っ白な横顔を見ることしかできなかった。
言いたいことはいっぱいあった。けれどそのどれもがグランの質問に対する答えではなくて、グランの望んでいる言葉でもないのだろう。それでも沈黙は重すぎて私には耐えられなかった。

「つ、月が綺麗ですね」

「え?」

「いや、なんでもない。忘れて」

「あのさ、」

「うん」

「それって俺、自惚れていいの?」

「…うん」

エイリア石は日々私たちを蝕んでいっている。けれど私たちは自分の心だけは浸蝕されないようにと必死で戦っている。心まで明け渡してやるものか。みんなそう思いながら、ボールを蹴りつづけているのだ。そう、私たちはまだ人間だった。

「すっごく嬉しい。ねえ、俺まだ大丈夫かな」

「きっと大丈夫だよ。私たちずーっと前から人間なんだから」

グランは嬉しそうに笑った。グランの心も私の心もまだ大丈夫。生きている。
なんだか久しぶりにグランの笑顔を見て、私は泣きそうになってしまった。グランはそんな私の頬を撫でて、唇にキスをした。グランの向こう側の空で流れ星が流れたような気がした。


「俺、もう死んでもいいや」






120203/その背中は再生を予感して
(夏目漱石、二葉亭四迷の和訳より)


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