可愛がっていた野良猫が孕んだ。ひどくショックで、いつもあげていたちくわをあげることをやめた。もしかしたら、私が食べ物をあげなかったせいで、あの雌猫とその腹の子たちは死んでしまうかもしれない。そう思っても、後悔などしなかった。私は、あの雌猫に嫉妬したのだ。
「今日、猫を殺したの」
剣八はいきなりなんだと言わんばかりの顔をして、舌打ちをした。それもそうだ。何せ今からそういう行為を始めようとしているところだったのだから。私は剣八の太い首に腕を回して、彼にしがみついた。
「可愛がってたんだけどね。その猫ってばいつの間にか子どもを作ったのよ。憎たらしくって。私なんてあなたの子を孕めやしないのに、狡いじゃない。」
我ながら馬鹿らしいと思う。もともと子どもは愚か、結婚でさえできないことも承知だったのに、いつの間にかこの人に溺れてしまっていたらしい。剣八もそう思ったらしく、馬鹿じゃねぇのか、と蔑むように言いのけた。
「だいたいよぉ、その猫、野良猫だろ?野良猫はテメエなんかと違ってしぶてぇんだ。たかがテメエの飯の一つや二つ減ったくらいで死にゃしねえよ」
「…そうよね」
「それと、俺の子どもなら諦めな。無理に決まってんだろうが」
ハッと剣八は鼻で笑った。もちろん軽蔑を込めて。
分かっていたとしても、私はなぜか傷付いて、泣きたくなった。傷付く理由などない。今の私は世界中の誰より哀れで醜くかった。生きている人間が死人と体を重ね、挙げ句の果てにその人の子を欲しがるなど、愚かにもほどがある。私は、生きていて、彼は、死んでいるのだ。死人の子を誰が孕めるというのか。
神さえ知らぬ//111015