★ある朝の悲劇(4/4)

ほんの少しだけ時間を遡る。

平助は千鶴の部屋の前で愕然としていた。
昨晩、原田の部屋で酒盛りをし、千鶴が間違えて酒を呑んでしまった。普段酒を呑まない千鶴にはかなりきつい代物で、すぐに酔いが回ってしまったのか、そのままフラフラと廊下へと出てしまった。
すぐに追いかけようとしたのだが、運悪くさらに酔いに酔った斎藤に捕まってしまう。延々と刀とは何ぞや、隊務とは何ぞや、を語られる。日頃の腑抜けた行動がどうのこうのとか、副長の気苦労がああだこうだとか説教を食らって、とにかく地獄のような夜を過ごしたのだ。
ようやく解放されたのは明け方で、その頃には全員グッタリ疲れ果て、千鶴のことをすっかり忘れて眠りに落ちてしまった。

だから起きて一番に昨晩放ったままにしてしまった千鶴を心配し、平助は彼女の部屋へと様子を見に来たのだ。
千鶴はしっかり者だ。酔っていたとはいえ、きちんと部屋に戻って着替えて、そしていつも通りに寝たはずだ。案外ケロッとしているかもしれない。
そう思っていたし、そうであってほしかった。

しかし今、千鶴の部屋はもぬけの殻。それどころか昨晩部屋に戻ってきた形跡すらない。……戻ってないのだ。

平助は血の気を引かせながら、昨晩の会場へとすっ飛んでいった。まだグッタリとしている原田と永倉を叩き起こす。
――ちなみに斎藤は朝早くにムクリと起き上がって、「稽古の時間だ」とさっさと出て行った。

「大変だって、左之さん新八っつぁん! 千鶴がいねえ!」

「んなわけねーだろ、朝飯の準備してんじゃねえか?」

まだ眠い目を擦りながら永倉がかすれた声で言う。

「いやいや、部屋に戻った形跡がないんだって!」

そこからは大騒ぎだった。
一人でふらふらしているところを鬼に浚われたのでは?
酔い覚ましに水を飲もうとして、そのまま井戸に……?
いや、間違えて別の部屋で寝てしまったとか?
――どの結果にしろ大変な事態だ。平助は頭を抱えて千鶴の心配をし、原田は身を起こして考え込み、永倉は同じ場所を行ったり来たり。

「よ、よし、とりあえず千鶴を捜そう」

原田の動揺が含まれた宣言とともに、三人は方々へと散った。





「なんだあいつら。朝から騒々しいな」

いつもはギリギリまで寝ていやがるくせに、と土方が忌々しげに呟いた。

「健康な証拠だ、いいじゃないか」

隣で近藤が穏やかに笑う。
二人は屯所の周りを早朝散歩し、中庭へと戻ってきたところだった。
近藤が己の立場を弁えていないように一人で外へと行こうとするものだから、土方が付き添っていた、という形だ。
こういう機会でもない限り土方は部屋に篭もりっぱなしで仕事に明け暮れるような男。ある意味、近藤の計算とも言えようか。

「ところでトシ、総司のことなんだが……」

雑談の最中、近藤がひどく訝しげな表情へと変わり、切り出す。
その表情につられ、土方の顔にも真剣みが帯びる。

「総司がどうしたんだ、近藤さん」

「いや、あれなんだが……」

近藤の視線の先には総司の部屋があった。恐らくそこにあるだろう“あれ”の正体を確かめるべく、土方が近藤の視線を追うと……。



総司の部屋の障子に、刀でやられたと思しき形状の穴が開いていた。



土方の眉間に皺が寄る。
記憶が確かならば、あんなものは昨日は無かったはずだ。
少し離れた中庭からでもわかるほどの障子の破れ具合……。総司の部屋の前を通れば気づかないはずはないだろう。

他人の部屋ならともかく、総司自身が自分の部屋にあのような穴を開けるとは思えない。
かといって他人にもそんな失態を踏ませるとは思えない。仮に何らかの騒動があって、そんな事態が起きたとしたら、総司ならば徹夜で修繕させるくらいはするだろう。
いや、まず室内の、しかも個室で刀を振り回すことがあるのか。――全くをもって無い。
ならばどんな状況で、あの場所で刀を抜く必要があるかを考えれば答えが出てくるだろう。


――敵襲。


土方と近藤は同時にその答えに辿り着く。そして無言のまま総司の部屋へと駆け寄る。
この屯所に夜襲? 総司ほどの人物がまさか――ドクンと一度大きく鼓動を弾ませながら、二人は襖を開いた。

「無事か、総司! 何があった!!」

剥き出しの刀が転がり、衣類が脱ぎ散らかされた乱れた室内。
布団で隠されているが恐らく裸なのだろう、めそめそと泣きじゃくる千鶴。
そしてそんな彼女を抱き締め、驚いた顔つきで近藤と土方を見る部屋の主……。

「……………………」

「…………………………」

しばし沈黙が落ちた。
最初に我に返ったのは、昨晩からの厄介ごと続きで多少打たれ強くなっていた総司だった。

「こ、近藤さん……勘違いしないでくださいよ」

まずは近藤に訂正しておきたかった。目を見開き、口を開けたまま微動だにしない近藤に総司は控えめに言った。
その言葉に土方も我に返った。
この部屋と千鶴とを見れば一目瞭然だ。
転がる刀は総司が千鶴を無理やり脅したのだろう。脱ぎ散らかされた衣類は総司に無理やり引ん剥かれたのだろう。泣いている千鶴こそが全てを物語っている。
預かりものの娘さんになんてことを、と土方はズキズキと痛む頭を押さえながら、地を這うようなドスの聞いた声で総司を責める。

「総司、てめえこの状況で何が勘違いなんだ」

「なっ……止めてくださいよ、近藤さんの前で。今ちゃんと説明しますから」

全く信頼されていない悲しい現状はこの際置いといて。
昨晩のことを、そして千鶴とは何もなかったことをきちんと話そうとする総司だが、その切り出し方が言い訳がましく見えてしまったのだろう。千鶴が土方たちの勘違いに油を注ぐ。

「あ、あんなことしておいて、言い逃れするつもりですかっ……! 私初めてっ、むぐっ――」

とんでもないことを言い出しかねない千鶴の口を、総司は咄嗟に手で塞いだ。
何か言いたいことが沢山あるらしくて、んーんーと首を振りながら喚いている。

「ち、千鶴ちゃん。君はとにかく黙っててくれないかな」

「総司! おまえ千鶴に何したんだ」

珍しく焦る総司と、鬼の形相で部屋へと踏み入ろうとする土方。そして。

「ま、まあ待て三人とも落ち着いて……ともかく雪村君のその格好をまずは何とか…」

そんな土方を止めながら、仲裁役になる近藤と…………さらには偶然…

「へっ? 千鶴ちゃんがいるのか!?」

偶然通りかかった永倉が千鶴の名前の飛び交う会話に反応し、足を止めた。
行方不明になったと思っていた千鶴がどうやら無事にいるらしいことに安堵し、彼女をまだ捜しているであろう平助と原田に聞こえるよう、大声を出して呼びかけた。

「おーい、千鶴ちゃん見つかったぜ! ここだー!」

良かったー!と言いながらやってきた平助、原田、そして原田から事情を聞いて千鶴捜索に加わっていた斎藤。
彼らが千鶴の姿を確かめるべく総司の部屋を覗き、ビシッと氷のように固まったのは言うまでもない。




かくして総司はこの後、散々みんなから無実の罪で責められ、悲劇的な朝を過ごしたのだった。























「……もういいよ。僕と千鶴ちゃんはやっちゃったってことでさ」

そっぽを向いた総司が、不貞腐れ気味に言う。
千鶴は唇をきゅっと噛み締め、他の隊士たちは信じられないものを見るような目を総司へと向けた。

「おまえ…男ならいい加減に認めろよ」

たまらず平助が非難する。
総司のおざなりな言い方にふるふると震える千鶴を気遣うように、斎藤も言う。

「気にするな千鶴。犬に噛まれたと思って忘れたほうが身のためだ」

「は、はい……」

「犬に噛まれた気分なのは僕の方だって」

「「「「総司!」」」」

一斉に咎められて、総司は口を尖らせて不満を露わにする。
みんなが千鶴の言い分だけを信じているのが面白くない。それが事実ならまあ仕方ないとも思えるが、実際に真実を口にしたのは総司のほうだ。
それに、彼女にとっても総司の言い分が事実であるほうが都合がいいはずだ。自ら泥沼へと沈むような真似をどうして取るのか、わけがわからない。

「大体君はどうしてほしいの。僕が謝れば気が済む?」

勘違い続行中の千鶴からしてみれば総司の態度はあまりにも酷いものだった。
謝って済む問題ではない。なのにこの開き直りとも取れる態度……。
どうしてほしいかと言われれば、大いに反省してほしい。そしてそんな態度を取っている総司をぎゃふんと言わせたい、 こてんぱんにしたい……!

「わ、私……」

「千鶴、言いたいことははっきり言っちまえ」

「言、言います!」

千鶴は周囲に後押しされ、だいぶ主旨からかけ離れた思考回路へと突入していく。

「総司も反省してんだったら千鶴の言うこと聞いてやれよな」

「わかったってば。千鶴ちゃん、ひとつくらいなら言うこと聞いてあげるから言ってごらん」

「はい、では…あの……」

総司も総司で納得はしていないながら、これ以上こじれないためにも腹を括る。
普段我侭を言わない千鶴のささやかなお願いなら聞いてやろうと思えたし、周囲もそうさせる気満々だった。
ただひとつ誤算だったのは、千鶴が総司に無理難題を吹っ掛けて一泡吹かせたい! と、おかしな方向に突っ走っていたことだ。

「そ、その……」

江戸にいた頃、診療所にやってきた奥様たちから聞いた、男が思わず黙ってしまうという台詞。
千鶴はそれを思い出し、でも自分がそんな台詞を言うなんて、とモゴモゴ口篭る。

「ほら、何でも良いから言ってごらん」

総司が急かす。

「ええと、だからっ、…っ!」

千鶴が言葉を詰まらせる。
あの怖い総司にぎゃふんと言わせようとしている、という状況に千鶴は緊張のあまり呼吸を忘れ、耳に熱を集めていった。
その姿は傍から見れば、照れ恥ずかしくて頬を染める恋乙女のようで――。潤んだ瞳で総司を上目遣いして(※千鶴本人は睨んでいるつもり)、一大決心をしたように握り拳をし、勇気を奮い立たそうと何度も深呼吸する姿。周囲も、そして総司も、この先に訪れるであろう甘い空気を察知して、二人っきりにした方がいいのか?と目配せをし始める。
周りがそんな空気になっていることに一切気づかず、千鶴は渾身の一撃を放った。


「せ、責任を取って私をお嫁さんにしてください!」


総司の慌てふためく姿を想像しながら千鶴は言ってのけたのだが、千鶴を待っていたのは全員の真顔だった。
あ、あれ…? ときょとんとしている千鶴に気付かないまま、周囲はじと〜という視線を総司に一斉に向けた。
おまえあんだけのことしといて千鶴からの申し出を断るつもりねえよな?とか、千鶴をここまで追い詰めさせたのはてめえなんだぞ的な痛い視線にさらされ、総司は息をのむ。
先程「言うことを聞く」と発言してしまった手前、無碍に断ることはできない。何より顔を真っ赤にして将来の申し出をしてくれた千鶴……(※勘違い)。総司にゴメンナサイをする道など残されていなかった。

「……う、うん。責任…取って大事に…するよ……」

「えっ……!」

ぎこちなく求婚を受けた総司の言葉に一番驚いたのは、言うまでもなく千鶴。
かくして、悲劇的な夜と朝を乗り越えた二人は、新しい関係に……新しい関係へとずぶずぶと落ちていったのだった。









END.
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2011.11.29
これ以降お互いをすごく意識するようになって、総司は「僕は千鶴ちゃんをお嫁さんに貰うんだから」って独占欲が湧いてきたりしちゃって、千鶴ちゃんもその気になっちゃったりして、ガチ両思いに…みたいな流れになるかと。

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