★ある朝の悲劇(3/4)

置かれている状況は千鶴にとっては絶望的だったが、どうにかして何も無かったという可能性が引っ張り出せるかもしれない。
とりあえず今この素っ裸と言う状況をどうにかしたかった。

「あの、ともかく何か着ませんか。この格好のままじゃ二人とも風邪ひいてしまいますし」

そうだ、総司の説明通りならば、千鶴が総司を襲って服を脱いで、それで一緒の布団に入っただけじゃないか。
そこまでは信じよう。にわかには信じられないけれど、信じよう。しかし、それ以上をした証拠なんてないのだ。素っ裸で並んで寝たという証拠なら今現在の状況が物がたっているが。

「そうしよっか。そこらへんに落ちてる寝間着、昨日君に渡したやつだからとりあえず着たら?」

そう言って総司は後ろを向いてくれた。彼は上半身は裸だったものの腰回りに寝間着がちゃんと巻き付いていて、今はそれを正している。
千鶴は部屋を見渡すと、総司の言ったとおりそこらへんに寝間着が二着、落ちていた。その自分に近い方を手に取ると。袖の部分に広がる赤が目に飛び込んできた。



血。



千鶴の意識が一瞬ぐにゃりと変形する。
即座に思い浮かんだのは誰の血かと言うこと。千鶴の血か総司の血か。

先程総司はこう説明した、千鶴がいきなり小太刀で襲った、と。
何でもないように言ってのけた彼だったが、もしかしてそれで傷を負ったのかもしれない。

「お、おお、沖田、さん……!」

酔っているとはいえ刀を抜いて、人を斬ってしまったかもしれない。それも新撰組一番組長――とても重大な人を、だ。千鶴の声が恐怖で上擦った。

「もう終わったの?」

着替え終わったのか、という意味で総司が振り向くが、千鶴の白い背中が飛び込んでくる。小刻みに震えているように見え、総司はゆっくり近づいて、布団で千鶴の身体を包む。そして溜息をつきながら聞いた。

「今度はなに?」

「沖田さん、お、お怪我は…お怪我は……」

「? ……ああ、その血? それ僕のじゃないよ。君の」

千鶴がブルブル震えながら握り閉める血の付着した寝間着に気づき、総司が答える。
その血は千鶴が思うような場所から出たものではない、ただの鼻血。

「私の…………?」

しかし昨晩のことを全く覚えていない千鶴は、ハッと息を飲んだ。

総司ほどの人物が千鶴相手に負傷するとは思えない。やり合って血を流すのは千鶴のほうだ。
千鶴は自分の腕を交差させる。
もし、昨晩負傷したなら……寝間着に付着している位置からして手や腕のあたり。だけど千鶴の腕には傷跡など残っていない。
それもそのはずだ、彼女は子供の頃から異常なほど傷の治りが早い。ある程度の傷ならば翌朝には跡すら残らず消え去ってしまう。

他人とは違うその体質を千鶴はずっと隠してきた。
けれどこれが千鶴の血だというのなら、昨晩、総司にこの体質のことを知られてしまったのではないか。
再び青ざめる千鶴に、総司はまた何を誤解しているんだと眉を顰め、言葉を付け足した。

「確かに君の血だけど、刀でやり合って流れた血じゃないよ。傷なんてないでしょ」

いくら僕でもあんな状況で君を斬るわけないし、と若干不貞腐れ気味の総司。
千鶴は体質のことがばれていなかったことに一先ずホッと息をつくが、新たな疑問が生まれた。

「じゃ、じゃあ、あの血は……」

一体どこの血だと言うのだ。
すると総司が目を細めながら、嫌味な笑みを浮かべた。途端、千鶴に緊張が走る。

「言っていいの? 昨日すごく恥ずかしがってたけど」

「そ、それはどういう意味ですか」

「初めてだって言ってたしさ」

千鶴がビシッと音を立てて硬直した。
その様子を楽しむように笑みを深めながら、総司は続ける。

「まだ痛い? いっぱい泣かせちゃったから僕少しは責任感じてるんだよ」

そう言って千鶴の鼻筋をなぞった。
千鶴は真ん丸に見開いた瞳で唖然と総司を見つめる。にわかに手が震え出す。
経験がなくたって千鶴にも多少の知識はある。江戸にいた頃、診療所にきた人たちがそういう話をしていたりもした。

素っ裸で、恥ずかしくて、初めてで、血が出て、痛くて、男が多少責任を感じる……そんな状況、もうあれしか浮かばないじゃないか。

やっちまったのだ。酔った勢いで致してしまった。
しかも大事な初めてだというのに記憶がない。千鶴は卒倒しそうになるのをこらえて、キッと睨みつけた。

「ど、どうして、そういうことを、し、したんですか。沖田さんは酔ってなかったんですよね」

もう相手を責めることでしか、千鶴は自分を保つことができなかった。

「そうだけど君が倒れ込んできたから、うっかり」
「うっかり…!? そんな事故みたいな言い方……!」
「ある意味事故だったと思うけど」
「わ、私、酔ってたんです、そんなつもりなかったと思います」

総司のあんまりな言い草に千鶴は喉の奥からなにかが溢れ出しそうになるのを必死で堪えていた。
しかし、そこへ更なる爆弾が投下された。

「……まあ僕も悪いと思ったよ。だから泣き止むまであやしてあげて、血が止まるまでずっと押さえてあげたんだよ」

「おっ、押さえ……!?」

想像する。血が出ているところを押さえられている自分と、押さえている総司の姿を。
千鶴はついに我慢できなくなって、泣き出してしまう。
酔っていたとはいえ、何てことをしてしまったんだとしゃくりあげる。
その様子に驚いたのはもちろん総司の方で、困惑しながら千鶴の髪を撫で、どうにか落ち着かせようとする。

「ごめんね、泣かないでよ。っていうかその態度は僕も傷つくけど……」

「だ、だってっ、私、うぅっ、初めて…、初めてだったのにっ」

触られるのが嫌だというように千鶴は総司の手を振り払おうとする。
総司は苦笑いを浮かべながら千鶴へと手を伸ばして、自らの腕の中に千鶴をおさめる。いやいや、と首を振りながらも千鶴は総司の寝間着にしがみ付いてきて、なんだかそれがおかしくてまた笑みを零した。

「大丈夫だって、このくらい」

「大丈夫じゃ、ないですっ! まだ嫁入り、前なのに……ふ、ふしだらなことを……沖っ、沖田さんは、ふえっ、男の人だからっ、ぐすん」

自分で言ったことに動揺して、大きな瞳に涙を浮かべる千鶴。
総司はもっと苛めてやりたいと思いつつも、昨晩の仕返しはこれで十分だろうとそろそろネタばらししようとする。

「まあかなり、ふしだらだったけどさ。でも――」

でも千鶴ちゃんが思ってるようなことは何もやってないし――と言おうとした瞬間に、この朝一番の悲劇がやってきた。










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2011.11.27

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