★ある夜の悲劇(4/4)

やらしさの象徴が止まった千鶴は、鼻歌交じりに総司の布団でごろごろしていた。
総司はそれを横目に、深い深い溜息をついた。

酔った斎藤ほどタチの悪いものはいないと思っていたが、酔った千鶴もそれに近いものがある。
斎藤のように刀を持ち出さないだけマシではあるが、斎藤にはない面倒臭さが千鶴にはあった。

とにかく千鶴のせいで汚れた寝間着をさっさと着替えたかった。
すぐそこに千鶴もいるが、自分の部屋なのに彼女に気を遣わなくてはならないのは癪だったし、こちらに背を向けて寛いでいるので着替えようとしてることにも気づいていないだろう。
だが、千鶴がこちらを見ていないとはいえ千鶴のほうを向いて着替えるのは何故か抵抗があったため、総司は彼女に背を向けて寝間着を脱いだ。

後ろからは相変わらず千鶴の鼻歌が聞こえる。何がそんなに楽しいのだろうか。
次いで、チャキッという金属音がする。何の音だろうか。


……金属音?


嫌な予感がして恐る恐る振り返ってみれば、小太刀を抜いて構えている千鶴の姿があった。
総司は驚きのあまり笑いが込み上げ、腹筋がひくついた。

「何してるの、危ないから仕舞って」

剣で誰かに負ける気なんてさらさらない総司だったが、とりあえず今は丸腰だ。ついでに着替え途中の半裸で、咄嗟に脱ぎ捨てた衣類で身体を隠した。
なんで自分がこんな初心な乙女のような行動をしなくちゃいけないんだと思ったが、今の千鶴にはそうさせるだけ危険を感じていた。

「実力を見せれば、巡察に同行させてくれるんですよね」

「それ、いつの話…ていうか巡察なら連れてってあげてるけど」

総司の刀は千鶴の向こう側にある。丸腰でも千鶴に負ける気などしないが、いくらなんでもこんな千鶴相手に手を上げるのは嫌だったため、会話で引き伸ばしてじりじりと移動する。

「大丈夫です、峰打ちですから」

話が全く通じていない千鶴は、そう言って小太刀の柄をくるりと一回転させる。
それじゃあ峰にならないってば、と心の中でツッコミを入れる。もう口に出すのも面倒臭い。

そして睨み合うこと数十秒。千鶴なりの好機がやってきたのだろう、いきなり「えーいっ!」と気の抜けるような掛け声を上げ、突進した。
酔ってふらついているのか、裾が足に絡まるのか、千鶴は明後日の方向へと突き進み、ブスッと風穴が開いたのはまたもや障子だった。

「…………」
「…………」

べちんっ!
千鶴の手首に平手切りを落とし、総司は刀を取り上げる。

「あっ…」

取られた小太刀を追おうとする千鶴を片手で制して、部屋のすみのほうへ無造作に転がした。
総司は無言のまま千鶴の胸倉を掴んで引き摺るように布団まで移動し、足払いをかけて千鶴を倒す。

「もういいよ、望みどおり一緒に寝てあげる。だから黙ってて」

感情など篭もらない声でそう言われた千鶴は、ようやく怖くなって逃げ出そうとじたばたともがく。
しかし総司は問答無用で千鶴を組み敷いて、覆い被さった。きゃあきゃあと騒がれることに舌打ちしながら、総司は片手で千鶴の前髪を掻き揚げ、戸惑いに揺れる瞳を楽しげに覗き込む。
そしてその手をさらに伸ばす。紅と白の髪結びに届くと躊躇なく一気にしゅるりと解き、白い背景に黒が散らばった。

髪紐を面白そうにくるくると指に絡め取って遊んでいると、ついに限界が来たのか、千鶴がひっくひっくとしゃくりをあげ始めた。
ああ、やりすぎちゃったかな、と総司が心にもない反省していると、

「そ、それで私の首、絞めるんですか、私を…始末するんですか……っひっく」

まだ死にたくないですー、と千鶴が方向違いなことを言って泣き出した。
この状況でどうしてそっちに行くんだ、と総司は千鶴の思考回路に噴出した。

「だから一緒に寝るだけだって。こうしないと動き回って暴れるでしょ? 殺さないから泣かないの」

千鶴ちゃんってホントおかしい、と肩を震わせ笑いながら、千鶴の上に圧し掛かって、身体の力を抜いた。
端から見れば親密なことをしているように見えるだろうが、そんな気は一切なく。総司はこうやって覆い被さって押し潰して千鶴の動きを封じることが自分にとっての安全だと判断したのだった。




死の恐怖を味わって縮こまっていた千鶴が、しばらくすると苦情を訴えた。

「お腹が苦しいです」

確かにこんな小さい子の上にでかい男が体重をかけて乗っていれば苦しいだろう。総司としては、その重みはちょっとした報復のつもりだった。
だが一晩これでは可哀想だと同情し、ごろんと横にずれ、ついでに足元の掛け布団を引っ張って顔まですっぽり被った。
重さから解放された途端、千鶴が性懲りもなくごろごろ動き回ったので、総司は抱き寄せて拘束する。
まだ季節は肌寒く、半裸と千鶴の有り得なさに身も心も冷え切った総司には、千鶴の熱は湯たんぽのように心地良かった。なのでその熱を逃がさないように、千鶴の頭の下に腕をあてがい、さらに近くへと引き寄せた。

柔らかくて温かい……。

これっぽっちのことで千鶴が散々仕出かしたことへの報いになんてならないが、朝までの残り時間、この感触と温もりを与えてもらえるのなら、それでいいような気がしてきた。自分の考えに苦笑いしながら、腕の中の千鶴をさらに抱き締めた。
すると千鶴はじたばたと身じろぎ始める。布団は頭まで被せられ、顔は胸にぎゅうぎゅうと押し付けられ、新鮮な空気を与えてもらえないこの状況――そりゃあ呼吸がしにくかろう。

「沖田さん、苦しいです」

「僕にあれだけ迷惑かけたんだから、少しくらいの苦しみは甘んじて受けなよ」

総司はくすくす笑いながら腕の拘束をより強くし、じたばた動く足に自らの足をからめ、さらに自由を奪った。

「お、沖田さん、熱いです」

「千鶴ちゃんの身体ぽかぽかしていて僕は丁度いいよ」

酒のせいか密着しているせいか、千鶴の顔や耳は本当に熱いらしく熱を帯びていた。
総司はざまあみろと心の中で呟きながら、額に浮かんだ汗をぬぐってやる。布団の位置を少し下げて千鶴の顔を出してやれば、千鶴は空気と冷気を求めて深呼吸した。






「もう寝るよ」

これ以上は動くな騒ぐな、という意を含めた宣言を持って、沖田総司の悲劇的な夜は過ぎていった。
雪村千鶴にとって悲劇的な朝が訪れるまで、あと数刻…………










END.
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2011.07.28

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