★ある夜の悲劇(3/4)

「どうして開けてくれないんですかー!」

「悪い子は立ち入り禁止だからだよ」


襖一枚挟んで、千鶴と総司は開ける開けないの攻防戦を繰り広げていた。
廊下側では千鶴が喚きながら、体重をかけて力の限り開こうと何度も何度も試みるのだが、力では男である総司のほうが優に勝っている。びくりともしない。

「いい子にするから開けてください」

こんな夜中にこれだけ騒いでも誰もこないなんて、この屯所は大丈夫なんだろうかと別の意味でも不安になってくる。

「いい子はこんな時間に、男の部屋になんてこないと思うけど?」

「…………」

千鶴は黙って襖から手を外した。
総司は半ば自棄になっていたため、こうなったら朝まで死守してやる、と思いながら入口をびっちり固め、譲る気などなかった。譲る気などなかったのだが……。

襖の向こう側で黙り込んだまま物音を立てない千鶴が、気になった。
虎視眈々と隙を狙って不意打ちを仕掛けてくるつもりなのか。それともまた気分を悪くして座り込んでしまったのだろうか。
前者なら徹底抗戦するつもりだが、後者ならばこのまま放っておいては流石に可哀相だ。
しばし考え、外の様子を探るという選択肢を選ぼうとした、そのとき――。


ぷすっ


総司よりも身体一つ分左の方から、そんな音が聞こえた。
何だ? とその方向に目を向けると、もう一度ぷすっという音がして、同時に障子を突き破り、人差し指が一本現れた。

「まさか…ね、…………」

総司が顔を引き攣らせながらその部分を見ると、開いた二つの穴の向こう側から琥珀色の瞳がこちらを覗き込み、ぱちぱちと瞬きを繰り返している。
総司は黙って襖を開き、降参した。





嬉しそうに部屋に入ってきた千鶴は、どうやらその体勢が気に入ったらしく、総司に後ろからぴったりくっついた。
穴の開いた障子の一角を眺めながら、明日本人に張り直させよう…とぼんやり考えつつ、総司は千鶴を払い除ける。
払い除けても千鶴はくっついてきて、払い除けて、くっついて、払い除けて。
繰り返すうちに加減するのも面倒になった総司は、少し強引に千鶴を引き剥がして布団へと向かうと、千鶴は慌てて総司の背中を追う。が、いつもより長い裾が足に絡まってしまい……

「きゃあっ!」

「え?」

悲鳴に振り向いた総司の肘が、転びかけていた千鶴の顔面のゴスッと音を立てて綺麗に決まった。そして千鶴は、顔を抑えながら倒れ込んでしまう。

「ち、千鶴ちゃん!」

うつ伏せに倒れて悶絶する千鶴を総司は慌ててひっくり返す。自分の膝に千鶴の頭を乗せるようにして、被害の状況を把握するために覗き込む。

「い、いたっ、痛いっ……痛いです、うぅっ」

うえーんと泣き声をあげながら、千鶴は顔を両手で覆ったまま足をじたばたさせる。
女の子が顔を骨折でもしてしまったら流石に可哀想だと同情しながら、千鶴の手をどかそうとする。しかし千鶴は手を離そうとせず、ぴーぴーと泣き続けた。

「うん、痛かったね。大丈夫だから、見せてごらん。…手、どけてみて」

「うっ、うっ、……っ」

まるで近所の子供のおもりをしているようだ、と内心溜息をつく。千鶴は涙を堪えながらゆっくりと手をどかす。そして心配そうな顔つきで総司を見た。
打ったせいか泣いたせいか、少し赤みを帯びているものの、いつも通りの真っ直ぐな鼻筋が露わになる。その鼻筋を指で撫でたり軽く突付きながら、総司は数回に渡って「痛い?」と聞く。千鶴はひくひくとしゃくりあげながら、首を縦に振ったり、横に振ったりして答えた。

どうやら折れてはいないようだ、と総司は胸を一撫でし、千鶴の上半身をゆっくり引いて起き上がらせる。
しかし、こぼれた涙をぬぐってやっている最中、千鶴の鼻から たらりと赤い線が下りてきた。

「あ、鼻血」

あれだけ強く打ったのだから、そりゃあ出てもおかしくはない。

「ちょっつ上向いてて。いま懐紙を…」

総司は身を乗り出して枕上に置きっ放しだった懐紙に手を伸ばす。
一方の千鶴は、首を傾け、鼻の下に指を持っていった。ぬるりとした感触に眉を顰め、赤い色のついた指をぽかんと口を開けながら眺める。そして次第にふるふると小刻みに震え出して…。

「は、鼻血じゃないです、違うんです」

グイッと総司の裾を引っ張って、動きを制止させる。
鼻血でしょ、と総司が訝しげにすると、千鶴は違うと否定する。なにが違うのか総司には全くわからなかったが、現に鼻から出ているのだから鼻血だろう。
そうこうしているうちに赤が零れ落ちそうになる。

「あ、だから垂れるって!」

総司は真下の布団を守るため、咄嗟に自らの袖で千鶴の鼻を覆った。

「鼻血じゃ…な……むぐっ」

それでも尚、意味のわからない否定を繰り返す千鶴に嫌気がさし、とりあえず布ごしに千鶴の鼻をムギュッと摘んだ。鼻血は止まるし、千鶴に少々の苦しみを与えることができる。一石二鳥だった。

「うう…っ、違うんれす」

鼻詰まった声で言われて、もうこのまま口も塞いでやろうかと思った総司だったが、流石にそれでは息ができなくて死んでしまう。
鼻血如き何をそんなに否定したいのかと考えてみたら、一つ思い当たった。

「もしかして恥ずかしいの?」

仮にも千鶴は女の子だ。鼻から何か垂れれば羞恥心が刺激されるのかもしれない。そう思って尋ねると、千鶴は小さく頷いた。
正直、普段の彼女ならともかく、酔っ払って理性を飛ばしてこれだけのことを仕出かしている千鶴が鼻血程度で恥ずかしがるなんて、意外と言うか、何が基準なんだかよくわからない。

「鼻血くらい珍しくもないよ」

面倒くさいので適当に慰めてみた。

「私、初めてです。……うっ、ううっ、でも、違うんですー」

「あー、もう! 今度はなに」

なかなか落ち着いてくれない千鶴に苛立ちながら、何を否定したいのかを聞きだす。
どうやら永倉から「やらしいことを考えた奴は鼻血を吹く」と教え込まれたらしく、千鶴にとっては鼻血はやらしさの象徴なのだという。
つまり先ほどから千鶴が違うんだと否定していたのは、自分はやらしいことなど考えていないという主張だった、のだ。

「…………アホらしっ」

顔を真っ赤にしながら自分は健全だと主張する千鶴の鼻を、総司は血が止まるまでずっと摘み続けるはめになったのだった。










----------
2011.07.27

[前へ][次へ]

[続き物TOP]

[top]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -