★その花は枯れない1(サンプル)


P72 / ¥500 / A5 / オンデマ / 2016.08発行

社会人パロの沖田×千鶴。
※続きものの1冊目です。この本だけでは完結しません。続刊はR18になる予定です。

知人から紹介される形で知り合った千鶴から目が離せない総司。
だけど彼女はなにやら事情を抱えている様子で、なかなか踏み込めずにいて……。


※文字サンプルは一部改変したり、ウェブでも読みやすいように改行を増やしています※






★画像サンプルはお手数ですがこちら(Pixiv)をご覧ください。
※頒布終了したものは公開終了しています。



彼女と出会ったのは、桜の季節。
街灯に照らされた並木道を歩いていると、どうしても真っ直ぐ帰る気にはなれなかった。
咲き誇るその姿は美しいけれど、舞い散る姿の方が見たいと思ってしまうのは、感傷的すぎるだろうか。
春が来るたびにうんざりする。
なにかを待ち焦がれているような思いが強くなって、けれどそれが何なのかわからないままに年月は過ぎていくからだ。

「……疲れてるのかな」

総司はふっと溜息を吐いて立ち止まる。
そして何となしに帰路から外れ、狭い路地を曲がった。
オフィス街の端にあるその店は、俗にいう激セマ店ってやつで、両手ほどの人数すら入ることのできない立ち飲み屋。

「いらっしゃい……おー、久しぶりだねぇ」

入店と同時にふわっといい香りがして、顔に皺をいくつも刻んだ店主がにこやかに出迎えてくれる。
総司も頬を緩めながら会釈し、空いた席へと視線を向けると――

「沖田君じゃないか。一緒にどうだい?」

店の奥側にいた恰幅のいい客が、総司を手招いていた。
総司は懐かしさを籠めて目を細めると、彼の隣の席へと足を進める。

「誰かと思えば社長じゃないですか。お久しぶりです、来てたんですね」

彼は以前総司が勤めていた会社の、下請け工場の社長。
小さな町工場だがその技術は確かで……――けれど総司とは仕事に関する接点があったわけではなく、たまたまこういう場で知り合った飲み仲間だ。

「君が転職してからはめっきり会わなくなったねぇ」

人のいい笑みを向けられると、どうも弱い。
コートを脱いで飲み物を注文すると、テーブルに肘を置いて溜息を吐く。

「今の会社もこの近くですよ。ただ忙しくて……」

社長へ視線を合わせるようにすると、彼のさらに奥の席にいる女性がぺこりと頭を下げてきた。
こういう店では、たまたま居合わせた他の客と世間話しながら飲むことは多々ある。
社長も随分と若い女性を捕まえたものだと感心するが――

「あ、彼女はね。ちょっと前からうちで働いてるんだ」

予想はハズレ。ただの従業員だったらしい。

「○○△△です。初めまして」

社長に促されるように彼女は名乗ったけれど、店のざわつきに掻き消されてよく聞こえなかった。
けれどどうせ今宵限りの付き合いだろうと、総司は彼女の名前など気にもしなかった。

「初めまして。沖田と言います」

総司が名乗ると、彼女は小さく口元を「おきたさん」と動かし、名前を憶えようとしてくれている。
生真面目さが窺えるその姿に内心苦笑いを浮かべ、社長へと絡む。

「こんな夜中に女子社員を連れ回すなんて、奥さんに怒られるんじゃないですか?」

この社長に限ってやましいことなんてないことを知っているから、くだらない冗談をぶつける。

「勘弁してくれよー、夕飯を驕っていただけなんだから」

ハハハッと高い声をあげて笑う彼と、戸惑ったようにする彼女と。
砕けた雰囲気の夕飯なんて久しぶりで、総司は溜まっていた疲れを吹き飛ばすようにその場を楽しんだ。



(中略)



「ち、千鶴――って呼んでほしいんです!」

彼女の名前は○○△△。
苗字にも、もちろん名前にも、「ちづる」という要素は含まれていない。

「…………ちづ、る?」

あまりにも違う名前を提示されて、総司は首を傾げた。
その様子に、彼女は若干取り乱したみたいに、あわあわと言葉を重ねる。

「そっ、その、昔から親しい人には、そう呼ばれていて……あだ名みたいな、もので……だから沖田さんにもっ」

必死の言い草に、それ以上は踏み込んではいけない何かを感じ取った。

「これからはそう呼ばせてもらうね。……千鶴」

総司は特に気にする素振りもみせず、にっこりと笑った――が。

「えっ……呼び捨てですか?」

なぜか駄目出しを食らう。
……恋人なんだから呼び捨てで何が悪いのだろうか。

「じゃあ、千鶴ちゃん……?」

渋々距離感のある呼び方をしてみれば、彼女――千鶴は、ぱあっと花が咲くように笑った。

「はいっ……沖田さん……!」

本当なら総司も名前呼びをさせたいくらいだったけれど、呼び捨てが不許可となった手前、言い出しづらくなってしまった。
でも、呼び方なんてどうでもいいことだ。
彼女の微笑みが消える前に、総司はその頬へと手を伸ばした。
千鶴は近づく影に瞳を大きくしながらも、無防備に白い歯を覗かせている。
こつんと額を擦り合わせた。熱が伝わるよりも先に、唇の先端を、彼女の唇へと押し当てる。

「…………ん、っ…………」

触れた分だけ、彼女は条件反射のように顎を引いた。
それを追いかけ、もう一度、今度は深く捕らえる。
そして、これ以上は逃がさないと言わんばかりに、彼女の後頭部に手を宛がって、身動きを取れないようにした。
すぐにどんな味がするのか確かめたくて、歯列を割って舌を押し込ませる。
その内側は見た目と同じように無防備で、なんの身構えもない千鶴の舌を絡め取った。

「ふぅ……ん、んんっ……」

彼女が咄嗟に身体を引かせようとするけれど、決して許さなかった。
生温かさと艶めかしさが気持ち良くて、角度を変えて、さらに深く、貪るように吸い上げる。
総司の動きに応じているのか反発しているのか、二人の咥内では舌先が混ざり合っては離れ、離れては絡まり合っていく。
千鶴の手が、縋り付くように総司のシャツを掴んだ。
それを合図にして、その場にそっと押し倒し、彼女へ圧し掛かった。
さっきよりもずっと密着した身体。服の上から伝わる熱が、妙に熱くて、駆り立ててくる。
焦る気持ちを抑えて、ゆっくりと彼女の身体のラインを撫でた。
初めてなのにソファだなんて、がっつきすぎてやしないかと苦笑いを浮かべる。
細い腰を撫でて、彼女の素肌へと手を滑らせた。

「……千鶴ちゃ――っ」

その途端、総司は後頭部に突然の衝撃を受け、動きを止める。

「――痛っ……」

衝撃の正体を確かめるよりも先に、自分の下でじたばたともがいた千鶴が、ソファから転がり落ちていく。

「えっ――は?」

それと同時に総司が把握したのは、自分の頭にぶつけられたものが彼女のカバンだと言うことと、それをぶつけてきたのが彼女本人だということ。
そして、ソファから落ちた千鶴が、這いずるようにして部屋の外へと逃げ出していく。
理解できない現状に、総司はしばし口を開けたまま停止する。

ともかく、総司は慌てて廊下へと逃げて行った千鶴を追いかける。
しかしそこで見たのは、異様な光景だった。
鍵のかかったままの玄関を、裸足のままの千鶴が必死でガチャガチャと開けようとしていた。
――泣きながら。

「……ち、千鶴ちゃん? 大丈夫?」

何もそこまで逃げることないだろうと思いつつも、とんだ失態をしてしまったことに心が痛む。
けれど、どうもそういうわけではなさそうだった。

「っ、来ないでっ……来ないで、くださいっ!」
「……? どうしたの、落ち着いて」

酷く取り乱した様子に困惑しながら、千鶴へと手を伸ばそうとする、が。

「いやぁっ――!!」

彼女が拒絶の態度を見せたのは、総司に対してだった。
演技とは思えないほどに身体を震わせ、近づくことすら許してくれなかった。



(中略)



無粋な着信音に邪魔をされた。
これは確実に、総司が袂に忍ばせている携帯電話から鳴り響いている。
お祭り会場だからと大き目の音量設定にしたことが間違いだった。
無視をして事を進めようにも、なかなか鳴り止んでくれない。
そうこうしているうちに千鶴がそわそわしてしまって、集中してくれなくなってしまった。

(ああ、もう最悪……!)

間の悪さに苛立ちながら、携帯電話を取り出す。

「こんなときにごめん。電話、出てもいい……?」

千鶴はもちろんですと頷いてくれて、両腕を解いた。
あれだけ密着していたのに、こんなにも簡単にその時間が終わってしまう。
情けなさと申し訳なさで、電話を持っていない方の手で、千鶴をしっかりと掴んだ。
画面を見ると案の定職場の電話場号で、嫌な予感しかしない。

「もしもし。何の用ですか土方さん。僕、夏休み中なんですが」

忌々しさいっぱいに口を開けば、電話の向こう側からも面倒くさそうな口調が返ってくる。

『わかってるよ。仕事が入ったからすぐに出てこい』

いや、何もわかってないじゃないか。

「あのですね、今そっちにいないんです。旅行中です」

千鶴の手をぎゅっと握り締めながら、理不尽な上司の要求を突っぱねた。

『まだ新幹線残ってんじゃねーか。花火も終わった頃だろ』
「…………なんで知ってるんですか」

夏休みの申請はしたものの、行き先を知らせたつもりは一切ない。
なんで把握されているんだと眉間に皺を寄せるが、それくらいはワケもないことをよく理解している。
考えるだけ無駄だ。
確かに今から戻ることは可能だ。
仕事を投げ出すわけにもいかない。
そういう仕事を選んだのは総司自身なのだから。
奥歯をぐっと噛み締めて切電した総司は、千鶴へと申し訳ない顔を向けた。

「本当にごめん。これから戻らなきゃならなくなったんだ」

彼女は特に戸惑った様子もなく「わかりました。じゃあ行きましょう」とだけ言って、来た道を戻っていく。

(……それだけ?)

逆に戸惑ってしまったのは、総司のほうだった。
せっかくの旅行を途中で投げ出して帰ると言っているどうしようもない男に対して、それだけなのか。
怒ってくれたり、困ってくれた方が、どれだけマシか。
千鶴が何を考えているのかわからない。
特に何とも思っていないだけなのだとしたら、さっきまで盛り上がっていたのは何だったのだと言いたくなる。




こんな感じの話です(´∀`*)




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