熱と感触
シャチは手を差し出した。
彼女はどうして良いかわからないといったように瞳を瞬かせるが、シャチがもう一度手を軽く動かすと、彼女は控えめにそれに掌を重ねた。
触れる感触はない。
きっと彼女がその場所で手を止めなれば易々とすり抜けてしまうだろう。しかしシャチは真綿を包む様にそっとその手を握った。
感じるはずの無い熱が、彼女とシャチを繋いだ気がした。
賑わいを見せる繁華街。
賑やかな人々の笑い声。
珍しい食べ物に料理、そして鮮やかなアクセサリー。
二人はそれを眺め、たまに手に取り歩き回った。
「今度はあっち行こうぜ」
「は、はい……シャチ、疲れませんか?歩き通しで」
「おれの体力舐めんなよ〜。これでも海賊!こんなの疲れるうちに入んねーよ」
「シャチ……」
彼女は申し訳なさそうで、でも嬉しくて堪らないというようにフフッと声を漏らして笑った。
先程の出来事を少しでも忘れられるように、たくさんたくさん色んなところを見て回った。
最初こそシャチの怪我を気にしていた彼女だったが、いつの間にか笑顔が戻り、
そしてその事をシャチが喜ぶと、もう彼女に暗い表情は無くなっていた。
「はーしっかしこんな陽のある内から出歩くの珍しいかも」
「そうなんですか?」
「昼間は殆ど寝てたしな。ここ最近は夜は潰れるまで酒場で飲んで、可愛い女の子でも捕まえて〜……って」
慌ててシャチは手のひらで口を抑えた。
こんな事を彼女に話せば、生前のことを思い出させてしまうかもしれない。
自分だって酒場で女の子は口説くし、金を払ってその子の一晩を買うことだってしてきた。
彼女がその事で命を落としたのに、わざわざする話でもないのだ。
しかしそんなシャチの思惑とは別に、彼女は案外あっけらかんとした表情だった。
「別に大丈夫ですよ。シャチだって男の子ですもんね」
「男の子って……お前よりは年上だぞ」
「えーおんなじくらいですよ?きっと。やんちゃもしてますよねー?」
「お前なーこっちは気遣ってんのに!」
「ふふ、わかってます。ありがとう、シャチ」
ありがとう、と彼女は言うようになった。
会った時から謝りずくめだった彼女は、ありがとうと笑って言えるようになっていた。
「あと数日早く……あなたに、会えていたら」
「あ、船長だ!せんちょー!」
彼女の言葉を聞く前に、シャチは通りの向こうを歩いていた男に声を上げる。
そこには長刀を携えた男が、何やら珍しく手に袋を抱えていた。また本か何かだろうか。
シャチの声に気付いたローは遠目に見える騒がしい男に目を向け、しばらくこちらを見ていたが、何故かそのまま歩いていってしまった。
「ぐ……船長無視したな……」
「あのーいくら穏やかな町でも、海賊の船長さんって大声で言われると周りが驚きますよ」
「そうかな」
「そうですよ」
「そういえば、さっき何か言った?」
彼女は「いいえ、何でも」と笑った。
その後、二人はまた街を巡り、気付いた時には陽が落ちていた。
(シャチ、今日は酒場にいかないのか?)
(え?何で??)
(一昨日話してた女の子、お前に興味があるそうだぞ)
[
back]