慣れた頃に知る絶望


「うわー可愛い!あ、こっちも……」



 繁華街に入ると、彼女は満面の笑みを浮かべてあっちへ行ったりこっちへ行ったりとはしゃぎ回っていた。

 連れていってやるといったシャチだが、ここまでくればもう彼女は自分の興味のある所に自分でふよふよと飛んでいき、そして嬉しそうにシャチを呼ぶ。

 その姿は街で見掛ける女の子と何ら変わりなくて、身体が半分透けていなかったり、空を浮いていなければ幽霊ということを忘れそうだ。



(まあ能力者でそんなヤツもいんのかな……)



 悪魔の実には、自在に空を飛んだり幽体離脱みたいなことをできる能力もあるという。

 しかし彼女はそのどちらでもない、本当に死人なのだという実感がいまいち無くて、シャチは苦笑して彼女を追いかけた。



「またアクセサリー?」

「はいっ、私が使っていたのは仕事用の派手なものばかりだったので……こういう可愛いのが好きなんです」



 彼女が指したのはどれも小振りで草花の細工がしてある、いかにも女の子が好きそうなアクセサリーだ。

 シャチは何となくその中の一つを取り上げる。ピンクの石が連なるそのピアスは、色の白い彼女によく似合いそうだと思った。



「兄ちゃん、少し前に来た海賊だろ?女の子にプレゼントしたら一発だぜ。何か買ってってくれよ」



 店先に並ぶ華奢な細工とはかけ離れた、ゴツく分厚い体格の男がシャチを見つけて近寄ってきた。

 この男が作っているのだろうか。
 シャチは手に持ったピアスと男を交互に見ながら言った。



「黒髪の色の白い子なんだけどさー」

「……シャチ?」

「お、いいねぇ。きっと似合うぜ。あと、色が白い子ならこいつとか」



 男が同じ細工のブルーの石がついたピアスを手渡す。シャチはそれを手に取って、少しだけ持ち上げて見せた。



「どっちが良いだろなー」



 それは一見すれば独り言の様だが、シャチの手はすぐ隣にいる彼女の方に向けられていた。
 彼女が目をパチパチと瞬かせていると、シャチは促す様にもう一度言う。



「え、え……」

「どっちが喜ぶだろうなー」



 ちょっと棒読みなそれは、暗に彼女に選べと言っているようだった。

 彼女は戸惑いながらも、シャチが引きそうに無いため、おずおずとブルーの石がついたピアスを指差した。



「よし、じゃあこっちもらうわ」

「毎度ありー。上手くやってくれよ、兄ちゃん」



 しかし彼女はそこでシャチが男に渡したベリーの多さに驚いた。慌てて値札を確認すると、確かにそこに記されている金額だが、彼女が想像していたよりもゼロが二つ程違う。

 シャチはなに食わぬ顔で支払いをしてピアスを受けとると、しばらく歩いたところで彼女にそれを差し出した。



「これで良かった?」

「し、シャチ、高過ぎます!私……っ」

「おれこれでも海賊なんだぜ。金は気にすんなよ。欲しかったんだろ?」

「でも私……受け取れない、のに……」



 触りたくても触れない。
 俯く彼女にシャチは少し苦笑すると、その華奢なピアスを彼女の両耳の辺りに持っていった。揺れるシルバーとブルーの石が太陽の光にキラリと光る。


「鏡……って、お前鏡にも映らねぇのかな」

「映らないと思います……」

「そっか……うん、でもスッゲー似合ってる!」


 彼女が申し訳なさそうな顔をすると、シャチはニカッと笑って言った。

 彼女は何度か瞬き、照れたように耳の辺りに手を持っていく。

 シャチと指先が重なるがそこに感触はなく、ピアスも揺れない。

 しかし彼女は泣きそうな程に嬉しそうに目を細めた。



「シャチ、ありがとうございます……」

「おう」


 彼女の表情に少しだけシャチが頬を赤らめて笑うと、彼女もはにかんで笑う。





 その時だった。






「あ…………っ」

「?どうした??」

「あ、あ……」



 急に彼女は目を見開き、震えだした。
 その真っ直ぐな視線はシャチよりも後ろに向けられていて、不思議に思い振り返る。

 向こうからは数人の男達が歩いてきていた。
 いかにもガラが悪そうな男達は、大股で歩きながら昼間だと言うのに手に酒瓶を持っていた。



「どうした?」

「あの、人……あの人です……」

「……まさか」

「私を、殺したの……」



 彼女は一番前を偉そうに大声を上げて笑いながら歩いている男を指して言う。消え入りそうな程か細い声には、恐怖が滲み出ていた。

 シャチは彼女が男達に見えないとわかっていても、自分の背に彼女を隠す。

 その間も男達は大股で近付いてきて、自分達の歩く先に立っていたシャチを鬱陶しそうに見下ろした。

 近くに立てばシャチの倍はあるような大男だった。



「どけ小僧、邪魔だ」

「……」

「どけってのが聞こえねぇのか!」

「……ララって子、知ってるか」



 男の大声に萎縮しているのは彼女だけだった。シャチは物怖じもせず、キャスケット帽の下から男に鋭い眼光を向ける。

 しかし男はシャチが口にした名前を聞くと、下品に顔を歪めて、愉快そうに高笑いした。



「ララぁ?!あの娼婦のことか。なんだ、お前の女だったのか?あの意地汚い馬鹿な女!」

「……っちが…」

「大人しくしてりゃあ可愛げもあったがよ。金金言いやがって、煩ぇから殺してやったぜ!俺が相手してやっただけありがてぇと思えってんだ」



 男達はゲラゲラと彼女を罵倒し、笑った。

 違う、違う違う。
 こんな罵声シャチには聞かれたくない。そんな思いをぶちまけたいと思った時、目の前にいたはずのシャチが短く息を吸った音がした。




「お前にあいつは勿体ねぇよ!!」




 シャチは声を張り上げると、拳を握り締めて、男の顔面目掛けて思い切り殴り付けた。

 男はまさか殴ってくるとは思わなかったのだろう、避けることもできないまま直撃し、そのまま派手に尻餅をついた。

 周りにいた取り巻きの男達が一斉に殺気だつ。


「てめぇ!何しやがる!」

「馬鹿にすんな……あいつはまだまだやりたいことも、幸せなこともたくさんあったんだっ」

「黙りやがれ!」



 男達が次々に殴りかかってくるのを、シャチは身軽に交わしながら更に的確に拳を当てて行く。

 いつもベポと手合わせをしているシャチに、たかがゴロツキの拳が当たるわけなどない。バタバタと取り巻き達が倒れていくのを、彼女はヘタリと石畳にくずおれて見ていた。



「ちっ、なんだコイツっ」

「くそっ!」



 石畳に叩き伏せられた男の一人が、胸元から鈍く光るものを取り出したことに彼女は気付いた。

 冷たく光るピストルの先は、間違いなくシャチに向けられている。



「っシャチ!!!」

「?!」



 彼女は思わず両手を広げてシャチの前に飛び出し、シャチも咄嗟に後ろを振り返った。


 刹那、つんざくような銃声が繁華街に響き渡る。


 ピストルの銃口から放たれた弾は、ぶれることなく真っ直ぐに飛び、彼女の左胸に直撃した。



「っい……!」



 彼女は目を見開く。

 弾はするりと彼女を通り抜け、後ろにいたシャチの左腕に当たった。





(あ……シャチ、シャチー!)

(アイー!何してるのシャチ?!)




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