無形の約束


「このカメオをおれが持ってれば良いの?」

「はい。何故かそれに憑いちゃってるみたいで、カメオから離れられないんです」

「ふーん」



 昨日は船番だった為、あれから彼女とは分かれ、翌日シャチはまた袋小路に赴いていた。

 手にしているのは小さなピンクコーラルのカメオ。それをシャチは無くさないようにとポケットにしまい、少し視線より高い位置に浮かぶ彼女を見た。



「んで、やりたいこと決まったか?」

「はい。えっと、ウィンドウショッピング?というのをしてみたいです!」

「買い物?……ん、じゃあ行くか」



 初めてのことにドキドキと高鳴る胸を落ち着かせようとしているのか、彼女は両手を胸の前でぎゅっと握っていた。

 彼女くらいの年頃なら当然そういった類いのことは好きだろうとシャチは首を傾げ思うが、この口振りからすると自分の嗜好品を集めたり、服を買い歩いたりということをしたことが無いのだろうか。

 彼女が狭いといった世界はどれ程に窮屈だったのだろうと考えてみるも、それより今は、目の前でウキウキとはしゃいでいる彼女を町に連れ出す方が先だった。



***



「えっ、シャチは昨日徹夜だったんですか?」

「船番だったからなー」



 どうしても漏れてしまう欠伸を噛み殺してそういえば、彼女は申し訳なさそうにしゅんと俯いた。



「ごめんなさい、私が町に出たいなんていうから……」

「おれがやるって言ったことだから、気にすんなよ」

「はい……ありがとう、シャチ」



 はにかんで笑う彼女の頬は少し赤く見える。
 幽霊なんて青白くて血色が悪いような印象しかなかったシャチは眩しいものを見る様に目を細めた。


 自分より少し後ろをふよふよと浮かびながら着いてくる彼女は、酒場街を出てから次第に辺りに多く気をやるようになった。

 見るもの全てが珍しいとでもいうように、露店商があればそこに散りばめられたビーズで出来たアクセサリーを楽しそうに眺め、ふんわりと甘い香りがすれば連られるようにふわふわと身体を揺らす。

 繁華街の方に連れていってやろうと思っていたシャチだが、中々進まない彼女を見て呆れたように笑った。



「おーい、そんなペースじゃ進まないぞー」

「あ、は、はいっ、ごめんなさい」

「謝んなくていいって。そんな珍しい?」

「はい!昼間は殆ど酒場の仕込みの手伝いだったので……自分の好きなものを、好きなだけ見れるって楽しいです」



 可愛い、と言いながら彼女がピアスに手を伸ばすと、隣から女の子が二人その露店を覗きにやって来た。

 彼女がいたところに二人は何の戸惑いもなく立ち、当然彼女とぶつかるはずだが、その身体はするりとすり抜けてしまう。

 女の子達が手にピアスを取り上げてはしゃいでいるのを彼女は少しだけ見つめ、ふわりとシャチのところに戻ってきた。



「お待たせしました、行きましょうシャチ」



 その眼差しは少し羨んでいるように見えたのだ。しかし幽霊が実体に触れないというのはお約束で、どうしてやることもできないシャチは、歩き出しながら話をふった。



「そういや、あと2つは決まったか?」

「まだなんです。したいことは色々あっても、未練っていうほどのものか分からなくて」

「そっかー。おれもあと2日くらいでまた海に出ちまうから、それまでに決めねぇとな!」

「すみません、シャチの時間を使っちゃって……」

「さっきも言ったけど、おれがしたくてやってんだから、気にすんなよな」



 彼女はよく謝る。
 それは彼女が今まで自我を封じ込めて生きてきたが故に、こうやって自分の為に何かをしてもらうということが無かったからだろうか。

 こうやって誰かに、自分の為に何かをしてもらうということが無かったのだろうか……。



「……あれ?」



 ふと、後ろからついてきていた気配が無くなり、シャチは振り返る。

 すると彼女は少し前で止まっていて、男の子と女の子が座っているオープンカフェのテーブルを見つめていた。そこでは女の子が頭に色鮮やかな可愛らしい花冠をのせて、ケーキを食べている。

 彼女の視線はどうやらその女の子に向けられている様で、シャチが声をかければ、視線を外すことなくポツリと呟いた。



「昔は憧れたんです。花冠を乗せて、誰かに可愛いねって言ってもらいたくて」

「花冠?」

「だって、お姫様みたいじゃないですか」



 街で見かける自分と同い年くらいの子は、いつだって両親に手を引かれ、幸せそうだったと彼女は言った。可愛いねと頭を撫でてもらい、頬にキスを貰って笑っていた、と。


 そう語る彼女があまりにも寂しそうに見えて、シャチは堪らず口を開いていた。



「お前も、可愛いよ」

「……え?」

「……」

「しゃ、しゃち……?」

「っ……ほら、もういくぞ!」



 言ってしまってからとんでもなく恥ずかしいことに気が付いて、シャチはわざとらしく声を上げると、くるりと彼女に背を向けた。



「あ、ま、待ってくださいシャチっ」

「お前の願い事、1つ決まりな」

「はい?」

「花冠やることに決定したから」

「えぇっ?」



 彼女は驚いたら良いのか、それとも戸惑ったら良いのか分からないといった様な表情を浮かべて、シャチの後ろを追いかけてきた。











(シャチが作ってくれるんですか?)

(おれ、手先は器用なんだぜ)




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