不条理との出会い
「もう一軒いこーぜー!」
「そろそろ宿に戻れ、酔いすぎだ」
「そんなこと言うなよペンギン!自分は可愛い女の子に誘われてるからっ て!」
「分かってるなら、宿に戻ってくれ」
シャチをあしらうペンギンは、いい加減面倒くさいといった風な顔をすると、へべれけなシャチにいやに丁寧に宿の場所を説明する。
それでもシャチがまだ飲みに行こうとしきりに言って聞かない為、ペンギンはとうとう大きなため息をついた。
「はぁ……わかった、ちょっと待ってろ」
「さっすがペンギンー!愛してるー!」
「気色悪いこというな!」
そう言うと、ペンギンは今出てきた酒場に戻っていった。律儀に誘ってくれた女の子とやらに謝りにいったのだろうか。そんなところが彼の良いところではあるし、モテるところでもあるのだろう。
つまりシャチがこんなに酔ってペンギンに絡んでいるのは、ひとえに全く女の子に相手にされない自分に反して、いつもそういう相手には困らないペンギンへの嫌がらせだった。
実はそんなに酔っぱらってもいないため、足がふらつくこともなくて、次はどこにいこうかと考えながら、酒樽に腰かける。
この島にハートの海賊団が上陸したのは二日前。ある程度の規模や位置関係なども調査済みで、良さそうな酒場も幾つかピックアップ済みだ。
(……んー?)
ぼーっと考えを巡らせていれば、通りの向こうを白いヒラヒラしたものが横切った。多分それはワンピースで、すると女の子がこんな夜更けに歩いていたということになる。
その女の子が向かった方向は確か行き止まりだったはずだ。この辺りは夜の店が密集しているから、もしかしたら迷いこんだのかもしれない。
とにもかくにも、女の子一人でこんな所を歩いているなんて危険すぎる。 シャチはお節介心がぐらりと動き、酒樽からぴょんと飛び降りると、女の子 が向かった方向へとフラフラ歩いていった。
「あれ……いねぇや」
シャチは袋小路の壁をぐるりと見渡して呟いた。道すがら野良猫一匹にも出くわさず、そして今この場所には誰もいない。
酔いすぎて幻でも見たのだろうか。それも十分にありえる話だった為、シャチは特に気にもせずに踵を返した。
「私が見えるんですか?」
「?!」
シャチは勢いよく振り向いた。
しかしそこには誰もいない。
確かに女性の声が聞こえたと思ったのに。
この場所は表の酒場がある場所と違い、しんと静まり返っていた。聞き間違いだろうかと思うも、確かに耳朶を打ったのは女性の声。
そして先程自分が追いかけたのは、白いワンピースを着た女の子。
「……」
シャチは酔いの回った身体が、急激に冷えていく心地に身震いした。
この場所にいてはいけない気がして、 元来た道に向かって走りだそうとする と、突然真っ白い何かがシャチの前に 躍り出た。
「あなた、私が見えるんですか?」
「あ……」
そこには先程追いかけたはずの白いワ ンピース。
「?あの〜……」
「で」
「で?」
その下に目を向けていけば、白い布地は夜の闇色へと溶け込んでいた。
「でたぁぁぁぁあーーー!!!!」
シャチの叫び声は、狭い袋小路にこだました。
(出た!出たんだよほんとに!!信じてくれよペンギンー!)
(で、俺の怒りは何処に出したらいいんだ?)
[
back]