おやすみなさい
「最後の願い事、決まった?」
すっかり夜も深まった事、元々借りていた宿に戻りベッドに足を投げ出したシャチは、机に置かれたピアスを見ていた彼女に投げかけた。
部屋のあかりもつけず、あるのは大きな満月から降り注がれる光だけ。一層際出つ彼女の白さは、ある意味幻想的な光景だった。
しかしそれが逆に不安定すぎて、脆すぎて。
シャチは確認するように、声をかけたのだった。
「んー……そうですね、中々。今日は色んなことがありすぎて」
「楽しかった?」
「それはもう!」
ふわりふわり、と彼女の心が弾むように、ワンピースが揺れる。
そんな彼女を見ていると自然と頬が緩んで、何ともだらしない顔になっている気がして、自分の頬を叩いてみた。
あとひとつの願い事を腕を組んで「うーん」と言いながら考える彼女。それを見ているだけなら、ただ可愛いなぁと思っているだけで良い。
しかし自分から言い出した3つの期限が来てしまうと、彼女はやはり消えてしまうんだろうか。
「それより良かったんですか?」
「なにが?」
「酒場の女の子……断っちゃって」
彼女は先程ペンギンから言われたことを気にしていた。
シャチにしては珍しく女の子の方からお声がかかり、それを知らせてくれたペンギンだったが、シャチは誘いを断ったのだ。
「今日はお前との約束が優先だしな」
「でも……もうすぐ船、出ちゃうんですよね?」
「いーの、気にしなくて」
シャチ自身、彼女と居たかった。
まだまだ色んなことを話したくて、船がもう出るというなら、彼女と時間を共にしたかったのだ。
彼女との期限はあと1つ。
そして、この島との期限はあと2日。
もしかして、自分が勝手に言い出した3つの期限なんてものは、それこそ気休めで。
彼女は成仏することもなく、自分がこの街を出たあともこの街で幽霊をやって留まり続けるのかもしれない。
海賊であり、このグランドラインの制覇を目指す船に乗っている自分がこの島に戻ってくるのはいつになるのだろう。
彼女ともう一度会うなんてことは、できるんだろうか。
「お前さ、この街から出たことある?」
「んーそうですね……隣町くらいになら行ったことがあります」
「じゃあさ……おれと、一緒にいく?」
「へ?」
「最後の願い事がすぐに決まらないんだったらさ、おれと一緒に海に出ようぜ。このカメオを持ってればどこだって大丈夫なんだろ?」
そこで、願いを見つければいい。
シャチはポケットから小さなカメオを取り出し、彼女に見せてみせた。
ピンクコーラルのカメオは、月の光を受けて優しく光っていた。
「そりゃさ、海はちょっと怖いこともあるかもしれねーけど」
「シャチ……私を、連れてってくれるんですか?こんな……」
「あぁ!お前にももっと色んな世界を見せてやりたいし」
「……シャチ……」
彼女はふわりと宙を舞い、ベッドに寝転んでいるシャチの隣までやってきた。
シャチを見下ろす彼女を、シャチは見上げる。
我ながら名案だと思った。
彼女の人生は既に終わってしまったかもしれないけれど、何の奇跡か、彼女は今ここにいて、自分と出会った。
そして生きていた時には手に入らなかった自由がある。
広い広い、世界を見て回ることができる。
そしてそれをシャチは手伝ってやれるなら、そうしたいと思った。
何よりも、もうすぐ彼女とお別れというのは、嫌だったから。
「まぁ……おれが勝手に言ってもあれだけど……お前が良いなら」
「……」
「もっと、おれ、お前と居たいしな」
最後はちょっと恥ずかしくて、キャスケット帽を深く被った。
彼女の顔は見えなくても、傍にいてくれる気配がして、それが心地よくて。
「……私も、いきたいです。シャチ、あなたと居たい」
彼女の声が震えていた。
小さく呟かれたその言葉が嬉しくて、シャチの胸をじわじわとくすぐる。
もし触れられるなら、今すぐ彼女を抱きしめたかった。
それが叶わないとわかっていても、シャチは少しだけでも彼女を感じたくて視線をあげる。
そうすると当然のことのように視線が絡まり、二人して笑った。
行こう、海へ。
これからいくらでも楽しいことを教えてやる。
いくらでも、笑わせてやるから。
(海は広いんだ。お前のことを見えるやつもいるかもなー)
(そうするとシャチが憑かれてると思われちゃいますよ?)
(お前みたいなのなら、大歓迎)
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