期待を、その胸に閉じ込めて
青空のキャンバスに、白い洗濯物が揺れている。その様は、争いなんてまるで知らない咽かな風景の一部だった。
先日の海軍船との小競り合いが嘘の様に、その後数日は穏やかな日々が続いている。
ちょうど大きなシーツの下、太陽の光が遮られて日陰となっている部分で、レキは空を見上げていた。
後ろではベポが横になってぐうぐうと眠っている。
一緒に洗濯をしていたはずなのに、いつのまにか眠ってしまっていたベポ。そのふかふかの体に持たれれば、誘われるような微睡みが心地好かった。
何気なく耳に付けられたピアスを撫でた。
今まで何もつけていなかった場所に揺れるそれが気になって、最近では良く触るようになった。穴を開けたてだからあまり触らない方が良いのだろうけれど、ちゃんと付いているか、無くなっていないかがどうしても気になってしまう。
触れる度に思い出すのは、これを贈ってくれた人。
そしてどうしてそうなったかは分からないけれど、思い出さずにはいられないキス。
また頬が赤くなる気がして、気持ちを落ち着けようと瞳を閉じて、息を深く吸った。
「船長がわかんないー……」
火照った頬に掌を当てて冷ましながら、ぽつりと呟く。
いつもの気紛れなのだろうか。度を過ぎたスキンシップの可能性もある。もしくは自分が顔を真っ赤にして慌てるのが面白くて、からかわれているのかもしれない。
それでもあの時の優しいキスが初めてのキスで、その相手がローであったことに喜んでいる自分がいることをレキは分かっていた。
ローの瞳に映っているのが自分で、そして気紛れじゃないなら、そのキスにどんな意味があるのかなんて。もしかしてを期待して、自惚れを自覚して、それでも尚、信じきれない自分がいる。
ローにとって自分は一体どんな存在なのかと考えるようになった。
そしてそれを直接聞く勇気はなくて、こうして悶々と抱えては悩んでいる。
どうして、船長はキスしたの……?
船長の心は、何を見てるの……?
考えれば考えるほど、ローの思惑にハマっている気がするのは、それこそ考え過ぎだろうか。
「船長のせいだ……」
「なにが?」
「っっ?!?!?!」
思いもよらずかけられた声にレキは目を見開き、叫びそうになった口に慌てて手を当てた。
さっきまで暗かった視界に、鮮明な光が飛び込んできてチカチカする。
目の前にしゃがんでこちらを見ている人物が誰かなんて、確認しなくても分かった。
「せせ、船長」
「何がおれのせいだって?」
「っ……な、なんでもないです」
あなたがキスなんてするから、あなたのことで頭がいっぱいなんデス。
そんなこと到底口には出来ないレキは、大袈裟に手と首を振った。
ローからは「ふーん」と、あまり興味が無ような適当な返事が返って来てほっとする。
胸を撫で下ろしたレキだったが、ぬっと伸びてきたローの手にまた緊張を走らせた。
「お前、触ってるだろ。赤くなってる」
「え……」
ローはレキの耳に付けられたピアスを刺激しないように、そっとその周りを撫でた。
くすぐったい様な優しい手の動きに肩をすぼめたレキは、上目使いにローを見やるも、意外に近いその距離にすぐ視線を外してしまった。
「落として無いか心配になっちゃって」
「触ると余計落ちるぞ」
「う、それもそうなんですけど……」
「無くしたらまた買ってやる」
「だ、ダメです」
その言葉にレキは俯いていた顔をあげて、ローを見た。
思った以上にキッパリと言いはなったレキに、不思議そうな瞳を向けるロー。
レキは自らもそのピアスに手伸ばし、チャームを揺らす様に触れると、か細い声で呟いた。
「船長から貰ったものだから、無くしません……ぜったい」
言葉にしてから恥ずかしくなり、照れているのを隠すようにレキは笑った。
「そうか」
どこか満足そうに言ったローは、ゆっくりと顔を近づけてくる。
その雰囲気に、先日の夜を思い出した。
この後に何が待っているかを分かっているくせに、自分から拒否するなんてできなくて、それでも完全に受け入れる勇気はなくて、少しだけ視線を下に向けてしまう。
期待するなと言い聞かせる脳に反して、身体は期待に溢れている。
そんなレキに気付いているのか、ローは耳元に当てた手を顎に降ろして軽く上を向かせる。
そして唇の端に、軽く優しいキスを落とした。