願うのは、君の笑顔


コンコンコン、


短いノック音が三回。
彼女の部屋に入る時は、決まってこの回数を叩くとペンギンは決めていた。理由なんて特に無い。ただ、いつかの日にレキから「ペンギンってすぐ分かる」と言われた時から、決まってこの回数を叩く様にしている気がする。



(いない?)



いくら待っても返事が無い。
レキが海に落ちたのはもう昨日のことで、今日の昼には自分の部屋に戻っているはずだった。しかし夕食の時間になっても姿を現さず、ローに言われてこうしてペンギンが様子を見にきたのである。

何故ローが自分を行かせたのかと言えば、仕事を言い訳に見舞ってやらないことに気付いていたからだろうか。

意図して避けていたわけではない。ただ元気になって起き出してきたら声をかけようと思っていたペンギンは、それでも足早にこの部屋の前にやってきていた。



気にならなかったわけじゃなかった。しかしレキの隣にはローがいて、それならば自分が行くべきではないと思ったのだ。



「レキ、いないのか?開けるぞ」



もしや容態が急変しているのではないかという嫌な予感もあり、ペンギンはドアノブを握り急くような気持ちで扉を開いた。

廊下から差し込む光が室内に細く白いラインを引く。ぼんやりと浮かび上がる室内の様子に、ペンギンは今しがたの自分の考えが杞憂であることに息をついた。



後ろ手に静かにドアを閉める。
再び薄暗闇に包まれた室内。そして窓からの星明かりに浮かぶベッドからは、規則正しい寝息が聞こえた。

音をたてないようにそっとベッドに近寄ったペンギンは、気持ち良さそうに寝息を立てているレキが、その手の横に何かを抱くかのように眠っていることに気付いた。



「、……」



そこにあったのは、オフホワイトの小さな箱。そして自分が彼女にやった瑠璃色の瓶だった。

中身は少し減っていて、瓶の丸みに合わせて傾いている。きっと転がせばその中で波のように揺れるのだろう。

それを見ながら寝てしまったのかと思うと、何故かじんわりと胸が熱くなる。ペンギンはその思いのまま、レキの額に手を添え、そのままさらさらと落ちる髪を撫でた。

相変わらずこんなことでは起きる様子の無いレキは、少しだけもぞもぞと身動ぎをしただけだった。



「無事で良かった……」



見た限りどこにも外傷はないし、熱も無い。思わず溢れた言葉は偽ることの無い本心で、やけに情けない声だった。




しばらくレキの髪を撫でていたペンギンだったが、ふと、彼女の耳元にキラリと光るものを見つけた。

そっと髪を避けると、そこには蒼色の石と星が細工されているピアスが僅かな明かりに照られて光っている。

星はレキが好きなものの一つ。ピンクゴールドで作られたピアスは、色の白いレキによく似合っていた。


レキはピアスやネックレスといった、普通なら女性が好むようなものを持っていない。いつか、彼女がネイビーのワンピースを着ていた時も、そんなものを持っていたんだなと思ったくらいだ。

ペンギンは、今、レキが大事そうに抱いているオフホワイトの箱とピアスとに交互に視線を向け、口許を僅かに綻ばせた。



「良かったな」



きっと次に起きたとき、レキは笑っているだろう。恥ずかしそうにしながらも、大事そうにそのピアスにふれながら。

そうだと良い。

髪に触れていた手を、ゆっくりと下ろして頬に触れる。その温かさに何度目かの安堵を漏らした。



「おやすみ、レキ」



瓶と箱をサイドデスクに移動させ、そう一言だけ呟くと、ペンギンはベッドを離れた。
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