あいまいな約束
「レキ」
「はい?」
「……いや」
何かを言い淀んだローは、もう何も言わずにレキの肩に寄り添っていた。
すぐ隣にローの顔があって、彼の柔らかい髪が少しだけくすぐったい。緊張しているのか、心臓の音は大きく自分の中に響いているけれど、不思議と心は落ち着いていた。
繋がれた手からはじんわりと体温が伝わってくる。もっとローの手は冷たいんじゃないかと思っていた。
心配をかけたことを申し訳無く思うも、大好きな人にここまで心配してもらえたことが嬉しい。
この場所を守ることに必死になって、自分のことなんてあまり考えたことなんかなくて。それでもローがレキに言った、手の届かないところでは助けてやれないという言葉が、逆にだから傍にいろと言われているようで。
自分に都合の良い考えだとはわかっていたが、胸が熱かった。
静かに瞳を伏せていたレキだったが、急に何かを忘れているような焦燥感に襲われた。何だったか、とても大切なことだった気がする。
考えをぐるぐると巡らせていると、ふ、とある光景がフラッシュバックした。それは今、傍にいる人と交わした約束だった。
「船長、今日、何かあったんですか?」
「あ?」
「夜、空けとけって」
「あー」
「忘れてました?」
「そうだな」
ローが顔をあげ、ガシガシと頭をかいた。
レキも今の今まで忘れていて、それを責めることなんてできないために、苦笑を漏らした。状況も悪かったと心の中で小さく言い訳をした。
どうも約束なんて生温いものは自分達には合わないようだ。そんなものに縛られなくても、こうして傍に居たければ居られるのだし、触れることも許される。
こんなに心配をしてもらえて、無事であることに安堵してもらえて、それで充分レキは幸せだった。
結局のところ、それ以上を望むなんてことは贅沢だと思ってしまい、ふりだしに戻ってしまった自分に苦笑した。
「これを渡そうと思ってよ。手出せ」
「?」
レキが意味も分からず、両掌を上に剥けて差し出す。するとローはベッドのサイドテーブルに積まれた本の間から、小箱を取り出した。
オフホワイトのそれは何の飾りっ気もなくて、一見すれば本当に只の小さな箱。
「この前のお返しな」
「えっ、もらえるんですか」
「なんだ、いらねぇか?」
少し意地悪く口角を持ち上げたローは、今正にレキの掌に乗ろうとしていた小箱をひょいと持ち上げて見せた。
レキは慌てて小箱を追って手を伸ばす。
「い、いる、いりまっ……!」
伸ばした手が小箱に触れる前に。
レキの唇に、ローのそれが重なった。
「っ……?!」
「……」
身体を引こうとするレキの腰に、ローの腕が回される。
目を瞬かせているレキは、この状況が飲み込めないのか身体を硬直させていた。しかし伸ばされたレキの手を小箱ごとローが握ると、次第に力が抜けていき、二人の手はシーツにぽとりと落ちた。
「せん」
「黙ってろ」
彼を呼ぶ声は、吐息と共に絡めとられてしまった。