恋のあしおと
「熱はだいぶ引いたな。体は痛むか?」
「っ……」
「どうした」
「ち、近い……です」
額同士をくっ付けながらそう言うと、居た堪れない様なレキの声がぼそぼそと聞こえた。
少し離れて俯く顔を覗きこむと、頬を真っ赤に染めた様子が見てとれて思わず口元が緩む。
この腕の中に確かに戻ってきたという実感はじわりじわりと広がっていて、それはさながら渚に寄る波の様にローの胸を満たしていく。
怖いほど穏やかな気持ちは、自分には酷く不釣り合いに思えたが、不思議と心地よかった。
「みんなは、怪我は……」
「お前が一番重症だ」
「そう、ですか」
ほっと胸を撫で下ろすレキは、クルーたちが無事であることに安堵したのだろうか。それとも、最も重症であるのが自分であったことを喜んだのだろうか。
レキの天秤の比重は、いつだってこの海賊団に傾いていて、それは例え自分と比べたとしても変わらない。一味を案じて自分を犠牲に出来ることは、クルーとして優秀なのかもしれないが、しかし彼女の場合は自分を軽んじることがあった。
今回みたいにきっと簡単に自分を投げ出す日が、また必ず来る。しかしもうあんな風にレキを待つのは嫌だった。ローはレキの瞳を覗き込み、呟く。
「無茶は二度とするな」
「う……でも、みんなが危なくなるのは嫌です」
「それでお前が危なくなってたら意味ねぇ」
痛いところを突かれたレキは申し訳なさそうに頭を垂れた。自分勝手に判断し、結果こそ良かったが迷惑をかけたことを自覚しているのだろう。
しかしそれを咎めたかった訳ではないローは、一つ深い溜め息をついてレキの肩口に額を乗せた。レキの身体がびくりと揺れたが気にしなかった。
レキがどれほどこの一味を大切に思っているのかは知っている。ただ、その為にレキが犠牲になっていいわけはなくて、それをどうにか伝えようとするのだけど言葉が上手くでてこない。
「おれの目の届くとこでなら良いけどよ」
「……」
だからそんな彼女にブレーキは必要だと思っていた。そして、それは自分ならできるのだと。何をしていても、レキを護れる自信がローにはあった。
それがついさっき、崩れ去ってしまったのだ。手の届かない深海が、レキを連れ去ることに、生まれて初めて人の死を恐怖した。
「海にだけは落ちんな。どうやっても、おれは助けてやれねぇんだ」
「っ」
レキはハッと息を飲んだ。
彼女も能力者である以上、海に嫌われている。その言葉の意味をどう受け取ったのかはローには分からなかったが、小さく頷く頭の揺れと、消えそうなほどか細い「ごめんなさい」という声に、何故かほっとした。
「船長、心配してくれたんですね」
「そりゃあな」
レキの手が遠慮がちにシーツについているローの手に触れた。掌を上に向けてやると、それは自然と絡んで、お互いのぬくもりを繋ぐ。
「レキ」
「はい?」
「……いや」
ローは驚くほど自然に、口から溢れそうになった言葉を飲み込んだ。