届かない声
手を伸ばしても、届かない。
吸い込まれる様に波立つ海に飲み込まれたレキは意識を手放していた。
珍しく荒立った声は彼女の名前を叫び、それでも届くことはなかったのか。
「っ」
「船長駄目だ!海に落ちちまう!」
「おれ!おれが行くから!!」
思わず身体を乗り出していた自分を、シャチが必死になって腕にしがみつき、次いでベポが海へと飛び込んだ。
尖った無数の針のような波間に、彼女の姿はない。ベポのやけに目立つオレンジだけが、見え隠れしていた。
自分の腕にしがみついていたシャチの腕が少し震えている。
レキは海に嫌われた悪魔の実の能力者だ。この荒波の中、発見が少しでも遅くなれば、その身体すら浮かんではこない。
あの時、もっと強い力で彼女の手を掴んでいれば、こんなことにはならなかったのか。
そんな仮定を考えるなんて大嫌いだ。
「いい加減、離せ」
「あ、すんません……」
「レキが海に落ちたって……!」
シャチの手を乱暴に振りほどくと、後ろから血相を変えた声が聞こえた。
だれか、なんて聞かなくても分かる声の持ち主が、こんなに慌てているところはあまり見たことがない。
ローはなにも言わず、そんな様子を見ていた。
船の手すりに掴みかかったペンギンを、またシャチが後ろから羽交い締めにして静止させていた。
「だーっお前もかよ!ベポが助けに行ってるって!!」
「早く見つけないと、あいつはカナヅチなんだぞ!」
シャチに宥められるペンギンが言った言葉に、ローは自分の中で昂っていたものが、急激に冷えていく心地がした。
目の前のペンギンやベポの様に、自分は海に向かいレキを救うことはできない。
どんなに足掻いても、自分には海に飲まれたレキを助けることはできない。
そんなことわかりきっている筈なのに、何故かざわりと胸が騒いだ。そう、海に落ちた彼女を掬い上げるのは、自分がすることではないのだ。
「……持ち場に戻れ、ペンギン」
「船長……っ」
「レキとベポが戻り次第、離脱する」
ならば、自分が今すべきことはなにか。
胸に広がっている不安を憂いても仕方ない。目が覚めた様な決意とともに、ローは目の前で再び動き出している海軍船を見据えた。
マストが折れているにもかかわらず、船はこちらに船首を向けようとしている。レキが身体を張って引き離したこの機会を逃すことはできない。
それに、今あの船が突っ込んでくれば、レキと彼女を助けに向かっているベポと接触してしまう危険だってある。
ローは右手を掲げ、その掌に薄水色のサークルを出現させた。
「ROOM」
この能力だって、海の中までは届かない。
先程、強い風が自分を潜水艦の方へと押し戻した時の情景が浮かぶ。
あれはレキだった。
自分のことで手一杯の筈のレキは、それでもローを助けようとその手を伸ばしたのだろう。
だから今度は、
(早く戻ってこい……!)
戻ってきたら、
どんな状態でも必ず助けるから。