青に沈む
(くるしい……っ!!)
内側から壊れてしまうのではないかというほどに、ギシギシと身体が軋み痛む。
レキは思わず空中で自分の身体を抱き締め、呻き声を漏らした。
焼けるように熱い喉も、悲鳴をあげる身体も、警鐘の様に早まる動悸も。なにもかもがレキの行動を鈍らせる。
早く終わらせないと。
何故か急く気持ちは、先程から心臓が鼓動する様に響く頭痛のせいだろうか。
頭が痛む度に目眩がする状況で、レキは殆ど気力だけで能力を発動させていた。
眼下では勢い衰えない海兵と、ハートのクルーの白兵戦は続いている。
その中でベポとシャチが導線となっている橋を落としていっている姿が見えた。
それを見守りながら、少しでも神経を集中させていく。
自分の能力とはいえ、大きな風の流れを操るのはまだ難しいレキ。加えて体調は最悪で、上手くコントロールできるかという不安が胸を締める。
もし暴走させてしまえば、ハートのクルー達にも被害を及ぼすかもしれないのだ。
大丈夫、大丈夫。
そう自分に良い聞かせ、何度目かわからない深呼吸をした。
「レキ!おねがい!」
「!」
ベポの声を合図に、レキはその身体を完全に風と同化させた。
操れるだけの風の軌道を海軍の船に集中させ、一気に爆発させる。
嵐の様に吹き荒れる風は、穏やかだった海を凶暴に波立たせ、二つの船は大きく揺れた。
レキは引き裂かれる様な身体の痛みに耐えながらも、クルー達を巻き込まない様に神経を尖らせる。
しかし船縁にローと屈強な海兵の姿を認めると、僅かにその風を緩めた。
このままでは突風に巻き込んでしまい、その不安定な船縁から落ちてしまうかもしれない。
それでもこの機会を逃してはいけないことは重々わかっていた。
海兵がよろよろと海軍船へと倒れ込んだその瞬間に、レキは精一杯の力でローの身体を潜水艦の方へと押しやった。その直後、断末魔の様な軋む音を上げながら、海軍船のマストがローのいた場所へと落下してきた。
揺らいだ風は一瞬の戸惑いの後に、激しく吹き荒れる。
レキは無我夢中で、風を操っていた。
「船が離れるぞ!!」
「なんだこの風は?!」
「残ったやつは海へ落とせ!!」
クルーと海兵の阿鼻叫喚が遠いことのように、聞こえる。
椄舷していた海軍の船が次第に距離を開けていく頃には、レキは自分が浮いているのか、はたまた船に降り立ったのかさえも、わからないでいた。
(船長、大丈夫……かな)
海へ落ちたりしていないだろうか。
そんなこと考えている間も、奇妙な浮遊感は続いていて、驚く程身体が軽い。
みんなの援護に向かわなければと思うのに、何故か身体は自分のものではないようだった。
虚ろなレキの瞳が写していたのは、群青の空と海を隔てる銀のリボン。
何故か、先程まで身体を蝕んでいた苦しさはない。それを感じれないほどに、頭にはぼおっとしたフィルターがかかっていた。
(あ、れ……)
今、自分はどこにいるのだろう。
そんなよくわからないことを考え、身体を具現化しようとするも、一向に手足の感覚が戻ってこない。
代わりにあるのは溶けてしまいそうな程の熱。
誘われるように身体に張り巡らせていた力を抜いていけば、レキの意識は空に沈んでいった。
視界が揺れる頃には、ぐんぐんと近付いてくる深い青が、海だと認識すらできなかった。
全てが溶け込み、青に落ちていく。
嫌だ、このまま消えてしまいそうな感覚に、沈む意識の間に間に、思わずレキは声を出した。
「……せ……」
「レキーッ!!」
ローの声が響き渡るのも聞こえず。
レキの華奢な身体は、大きな水飛沫を上げて、海へと落下した。