荒れた風
左舷には海軍の船が接舷し、多くの海兵が船に乗り込んできている。ローが甲板に着いた時には、既に白兵戦が繰り広げられていた。
規模もそれほど大きくない海軍の船に、どうやらあたりに援軍がある節はない。
自信過剰の海兵が単独で突っ込んできたといったところだろうか。
もしそれが本当なら、そいつは救いようのない馬鹿か、相当の手練れかだと思いながら、ローは長刀を鞘から抜いた。
ただ気掛かりなのは、接舷を許すほどに近づいていたことに気付かなかったということ。見張りのクルーがサボっていたのでなければ、何らかの悪魔の実の能力が絡んでいるのかもしれない。
ローは近くにペンギンの姿を認めると、クルーの間を縫う様に素早く近づいた。
「ペンギン、状況は!」
「船に損傷はありません!急に真横に海軍の船が現れ接触!気付いた時には、侵入を許していたようです!」
「ちっ、とりあえず船を離すぞ!」
雄叫びを上げながら斬りかかってくる海兵を受け止め、薙ぎ倒しながら、ローはいくつかの指示を出していった。
導線さえ切り離してしまえば、あとは強力な力で無理やり船を引き離してしまえばいい。
少しの距離ができれば、あとは潜水艦を巻き込まずに切り刻んでしまうだけだ。
ローは橋が渡されている場に目をやり、そしてどこにもレキの姿が無いことに気付いた。
「レキはどうしたっ」
「あいつなら……」
「これを、離せばっいいんで、すね……」
ペンギンの言葉を遮ったのは激しい風。気付けば二人の足元に膝をつくような体勢でレキが姿をあらわしていた。
「?お前……っ!」
ローはすぐさま、レキの異変に気付いた。
荒く上下して震える肩に、見るだけで異常だとわかる不規則な呼吸。そして真っ赤なリンゴの様な頬とは対照的に、表情は青ざめていて、虚ろな瞳が必死に海軍船を睨み付けていた。
高熱に浮かされているのは、明らかだった。
「お前、熱があがってるんじゃないか!」
「そんなこと、言ってる場合じゃないっ」
ペンギンがレキの肩を掴んで声をあげる。しかしレキは弱々しいながらもハッキリと言葉にすると、その手を振り払い、ローに視線を向けず言った。
「足場を、崩してっ……ください」
「待てレキ!」
ローが彼女の腕を掴むと同時に、その身体は大気へ溶け込み、一陣の風となった。
「あのバカが……!」
何も掴むことなく空を掻いたローの手は、苛立ちと共に強く握りしめられた。
あの様子では、かなり熱が高いのだろう。そんな状態で能力を使っては、身体にかかる負担は計り知れない。
いつかあの能力のように、ふっと消えてしまいそうで……。
ふと、以前そんなことを思ったことを思い出し、ローは振り払うように向かってきた海兵を斬り倒した。
「ベポ!そっちの足場を崩せ!シャチは援護に回れ!」
「アイアイー!!」
「りょうかい!」
「俺は操舵室に向かいます!」
少しでもレキが早く戻ってこれるように。ローは声を張り上げた。
散々になっていくクルーに激を飛ばしながらも、吹き荒れる風に戸惑っている海兵を薙ぎ倒していく。
どんなに強い風が吹いたとしても、ローがそれに身体の自由を奪われることはない。
次から次へと湧き出る海兵を片っ端から切り倒し、いくつも渡された橋の一つにローが辿り着き、刀を振り上げた。
刹那。
今までの海兵とは明らかに違う威圧感がローを襲う。
ローは目の前に現れた巨体の男に視線を向けた。貫禄のあるその巨体にはいくつもの傷が刻み込まれている。
正義の上着を羽織った男は、ローに向けてにやりと笑った。
「トラファルガー・ローだな」
「……時間がねぇんだ、すぐ終わらせてやる」
ローは勢いよく、刀の切っ先をその男に突きつけた。