手のひらの海
「シャチ、ベポ。船長が呼んでるぞ。3分で来いって」
「3分?!」
バタバタと慌てて二人が食堂を出ていくと、そこに残されたのは私とペンギンだけで。まるであの日みたいだと思わずにはいられなかった。
「レキ、お前体調が悪いんじゃないか」
「え?」
「さっきも思ったが、顔が少し赤い」
そう言ってペンギンが額に掌を寄せようとすると、ぴくりとレキ肩が震えた。
それを察したのか、僅かにペンギンの手が止まる。
でもそれは突然のことに驚いたからで、レキは自分からぴとっと額を寄せた。
自然と受け入れられたその手はひんやりとして気持ちいい。じわじわと熱と混じりあって広がっていくような心地よさに、レキは自分の額が思ったより熱かったことに気付いた。
「微熱だな。寒くはないか」
「寒いけど、冬島近海だからだし」
「ついさっき春島近海に入ったぞ。だから暖房も消えてるだろ」
「あ……そうなんだ」
「身体は辛くないか?いつから」
「ペンギン心配しすぎ」
矢継ぎ早に聞いてくるペンギンにレキは苦笑した。
どうも彼は心配性で、優しすぎるから。こうやって心配してくれるのは嬉しいが、そこまで深刻な状態であるわけでもないので、少し申し訳なくなる。
元々ハートの海賊団クルーは皆ある程度の医療技術や知識を身に付けているため、体調管理なども個々の仕事。風邪など引くだけで馬鹿にされたりもする。(主にシャチ)
レキはその枠には嵌まらないため、きっとこうしてペンギンが気を遣ってくれてあるのだと思っていた。
しかし微熱があるくらいなら、薬でも飲んで寝ていれば治ることくらいレキも知っている。
「そんなにしんどいワケじゃないし、熱も今言われるまで分かんなかったくらいだから」
「しかしな」
「食欲もあったでしょ?プリン美味しかった」
「そうか……」
ペンギンは敢えてそれ以上は言わず、レキの頭をぽんぽんと撫でた。
レキもそれに笑顔で返す。
そして手の内に収めていた小さな包みをペンギンの前に持ち上げた。
「開けてもいい?」
「あぁ」
淡い黄色の不織布で包まれたそれを、ワクワクしながら丁寧に開けていく。
そうやって顔を出したのは、下の方に向かうにつれ、透けるような瑠璃色のグラデーションになった丸いガラスの瓶。その中に詰められた、色とりどりの星だった。
「っキレイ……これ、金平糖?」
「あぁ、この前の街で偶然見つけた」
ガラスの瓶を掌でゆっくりと回すと、中の金平糖がまるで様々な宝石のように転がる。
瑠璃色をした部分はさながら自分たちが渡っている海の様だった。
「開けて、いくつか出してみろ」
「?うん」
言われるがままにキャップを捻ろうとするも、固い蓋は少しも回らない。悪戦苦闘していると、見かねたのかペンギンがひょいと取り上げ、簡単に開けてくれた。
僅かに口を尖らせてみる。
何故か少し、そう少し悔しい。
しかしそんなことお構い無しのペンギンは、開けた蓋にいくらかの金平糖を出して、レキに差し出した。
「……あ!イルカ!」
カラフルな星の中にコロンと混じっているそれを取り上げる。
小さいが確かにイルカの形をしていて、優しく丸みのあるフォルムはどこか愛嬌があった。
嬉々とした表情でそれを見つめるレキに、ペンギンは言った。
「海の動物の形をした砂糖菓子が、いくつか混じっているそうだ」
「へぇ……ほんとに海みたい」
瑠璃色をした瓶を見ながら呟く。
小さな瓶の中に広い海がいっぱいに詰まっている。それが甘い金平糖でできているなんて、考えるだけで幸せだ。
いったいこの中には、どんな動物が泳いでいるんだろうか。
初めて海に出た時のような、胸にキラキラ光る色を取り出した様に、瑠璃色の瓶は輝いているような気がした。
「ありがとうペンギン。大事にする」
「ハハ、金平糖なんだから食べてくれ」
そう言われても勿体無くて、ザラザラ食べるなんてとてもできそうにない。
レキはイルカの砂糖菓子を瓶の中に戻すと、青色の星を一つだけ取って口に含んだ。
じんわりと溶け出す優しい甘さに自然と頬が綻ぶ。その様子を見ていたペンギンも、僅かに口許を緩めた。
「よし、じゃあもう部屋で寝てろ」
「はいー、そうします」
瑠璃色の瓶を胸に抱いて、レキはもう一度ペンギンに向かって「ありがとう」と呟き、ふらふらと食堂を後にした。