当然の既視感
「夕食の後、空けとけ」
「……」
「なんだ」
「なんかデジャヴ」
「……」
「……」
「もう忘れねぇよ」
そう言った船長は少し不貞腐れたように、帽子を目深にかぶり直した。
***
「「お返し!」」
ベポとシャチは綺麗に声を重ねて、レキの前にドンッとクロッシュで覆われた皿を突き付けた。
何故か先程から身体がダルく、冬島の海域だからか、やけに寒い気がしていたレキは、突然の大声に驚いて飛び起きる。
寝起きで目の前の二人が誰か認識するよりも、ここが食堂だったということすらあやふやで、中々回転しない頭で、何度も目を瞬き、硬直していた。
「へ、な、に……?」
目を擦り、ぼわんと揺れる頭を軽く振ってみると、なんとか視界は晴れてきた。
目の前のベポとシャチのにやにやとした顔を認識できると、その後ろにペンギンも立っていたことに漸く気付く。そして次に視線が行くのは、顔が映るまでに綺麗に磨きあげられた小振りのクロッシュ。
これは確かコックの秘蔵の品ではなかったかと思いながら、レキは怪訝な顔をした。
「これまさか勝手に持ち出して……」
「違うって。ちゃんと許可もらってる」
「開けてみてー!」
「ていうか、おれが開ける!」
シャチが生き生きとしてクロッシュを握り、凡そ優雅なそれに似合わない様な派手な掛け声と共に、覆われていた中身が姿を見せた。
「わ……」
ふわりと漂う甘い香り、色とりどりに光るフルーツ、そして今の僅かな衝撃でもぷるんと揺れる滑らかなそれは、寝惚け眼だったレキを一気に覚醒させた。
「おいしそうっ!」
「うわーおれも食べたい!」
「お前はダメに決まってんだろ」
宝石のようなフルーツにデコレーションされたプリンは、もう見るだけで美味しさが伝わってくる。
嬉しそうに頬を緩めたレキは、それでも驚きながら声をあげた。
「これどうしたの?」
「コックに作ってもらった。この前のお返しだ」
ペンギンが静かな声で言う。
シャチとベポも、胸を張っていった。
「ちゃーんとおれが材料買いに行ったんだからな!」
「おれも荷物持ち手伝った!」
「俺はコックに頼んだ」
各々に分担があったのだろう、レキはそんな彼らに笑みを溢した。
甘いものが大好物であるレキに、このサプライズは飛び上がるほど嬉しくて、薦められたスプーンを手にワクワクしながらプリンをすくう。
パクリと頬張れば、今まで食べたことの無いほどトロリとして柔かなそれは、濃厚な舌触りと優しい後味を残してすっと溶けてしまった。
ひんやりとしたプリンの喉ごしがやけに心地よくて、レキは身体のダルさも忘れてプリンを何度も口に運んだ。たまにフルーツを口に入れれば、爽やかな甘さが口内を満たした。
一口、また一口と頬張るたびに、美味しいと言いながら嬉しそうに笑うレキを前に、このサプライズを考えたシャチも満足そうに笑う。
「うーレキいいなぁ」
「ベポも食べる?はい、あーん」
「わーい」
「おいこら、何してんだ」
喜んでスプーンに食いつこうとするベポをシャチが羽交い締めにして阻止する。
別に構わないのにとレキが言うと、ベポは喜んでシャチを撥ね飛ばし、スプーンに乗せられたプリンに食いついた。
「レキ、これは俺からだ」
「?」
綺麗にプリンを平らげたレキが至福のため息をついていると、目の前に座ってコーヒーを飲んでいたペンギンが小さな包みを寄越した。
レキが戸惑いがちに受け取ると、その隣で同じくココアを飲んでいたシャチが声をあげた。
「ペンギン!みんなでプリンにしようって言ったじゃん!抜け駆け禁止!」
「そうだったか?」
軽くシャチをあしらうペンギンにレキは苦笑した。こういった場面でペンギンは驚くくらいポーカーフェイスで笑う。
レキはペンギンから受け取った包みを両手で持ちながらも、口を尖らせているシャチに言った。
「でもこのプリン、考えてくれたのシャチでしょ?」
「へ」
どうしてバレたのかといった風なシャチに、レキは笑った。
こういったサプライズを思い付くのはいつだってシャチだ。思い付いて、必ず回りを巻き込む。
それを知っているレキは、今回もシャチが言い出したのだろうと思っていた。
「ありがと」
「お、おう」
気恥ずかしそうに頬をかくシャチは、何故かバンバンとベポの背中を叩いていた。