瞳の奥に、映っているのは


レキは、ハートの戦闘クルーだ。
カゼカゼの実の能力を使いこなす様は、女といえど勇猛で。
だが一度日常に戻ると、年相応の笑顔を見せるし、誰とでも分け隔てなく接する。

シャチとベポと一緒になって問題もよく起こすレキだが、それでもローは彼女に信頼を持っていた。

心のどこかで、絶対に自分を裏切らないという確信を持っていたのだ。
絶対なんて存在しないというのがローの持論だが、彼女だけは違っていた。

そういえば、彼女が自分の隣にいるのは当たり前の様になっていた。









冷たい廊下を進み、食堂の扉を開く。水場があるからか、食堂の中は更に冷え切っていて、水道を凍らせない為だろうか僅かに開かれた水道の蛇口から、水が落ちる音だけが静かに響いていた。あまり長いはしたくない。

ローは手探りで入口の側にある明かりのスイッチを探す。指が突起に触れると、パチンという音と共に、オレンジ色の光が食堂を照らした。

するとカウンターのところに、何かが丸くなっていることに気付いた。
闇に慣れていた目を細めていたローは、それが何か確認できず、少し首を傾げて近寄っていく。

その間にもだんだんと目は慣れてきているようで、次第にはっきりと見て取れるようになったそれは、彼女がいつも愛用しているベージュのコート。


「……、レキ」


口から溢れたのは、目の前で寝入っている彼女の名前だった。


肩から今にもズレ落ちそうなベージュのコートの下で、小さく寝息を立てていたレキは、ローが近づいても起きる気配がない。一度寝てしまえば何があっても起きないレキは、少しだけ身を捩ったかと思うと「くしゅんっ」と小さなくしゃみをした。

ローは自分が食堂にコーヒーを取りにきたのも忘れ、コートをかけ直してやり、そっとレキの頬に手を当てる。しかし完全に冷え切っているのか、十分冷たいと思っていたロー自身の手の方がまだ温かみがあった。


「こんなとこで寝てんなよ……」


一体いつから、ここでこうしているというのか。

食堂の暖房は動力室から直接操作しているから、きっと見張りのクルーがレキがいることに気付かずに消してしまったのだろう。

それでもこんなに冷え切るということは、相当な時間ここにいたということ。部屋に戻れば良いのに、とそんなことを思ったローだが、彼女がここにずっといる理由は一つだった。そして、ローがそれをわからないはずはない。

どこかへ出てしまったと、誰かと、一緒にいるのだと思っていたのに、
レキはずっとずっと、ここで待っていたのだ。



ローはゆっくりと、レキの頭を撫でた。あどけない表情で眠るレキは、その手に少し反応するものの、やはり起きる気配はなくて、優しく与えられるぬくもりに、気持ちよさそうに笑った気がして。

少し、口元を緩めた自分が意外だった。




「レキ。起きろ、風邪じゃすまねぇぞ」


頭にあった手を肩に下ろし、軽く揺すってみるが起きない。

驚く程睡眠が深いレキは、自分から起きるまでは何をしても絶対に起きなかった。ローの声に反応はするものの、当然の様に覚醒にまでは至らずである。

このままここで放置しておけば、明日の朝生きているかも怪しい。それほどまでにこの食堂は寒いのだ。


仕方なく部屋にでも運ぼうとレキに近づき、そっと抱き上げる。

今更ながらに気付いたが、よく見れば彼女にしては珍しい、ハートの海賊団の特徴であるつなぎではなく、ネイビーのワンピースを着ていた。少し光沢のあるそのワンピースは、天井からの光に照らされて柔らかいシルエットを見せる。

いつもの快活な様子とは違うその装いに、ローは一瞬目を奪われた。

少し大人っぽいワンピースは、よくレキに似合っていて、それは彼女が寝ているからだと思うと、少し可笑しい。わざわざ買ったのだろうか。

普段島に上陸する時でも殆どつなぎ姿でいるレキは、こういうことには無頓着だと思っていたロー。もしかして今日のために、このワンピースを用意したのかもしれないと思うと、やはり今日は何か特別な日だったのかもしれないと僅かに胸が傷んだ。


「……ん?」


レキを抱え直し、コーヒーは持てないかとカウンターを見ると、ふと視界に何かが映った。

ちょうど彼女が突っ伏して寝ていた隣に、ワインレッドの包装紙で包まれ、パールホワイトのリボンが綺麗に巻かれた小さな箱が置かれていたのだ。そしてその隣には、チョコが入った袋がバスケットに山盛りになっていた。



山盛りの、チョコ。


そこでやっと。
やっとローは今日が……もう昨日だが、何の日であるのかを理解した。

ローからの誘いを、何故かとても喜んでいた理由。

いつ部屋から出てくるとも知れないローを、長時間待ち続けていた理由。

普段は滅多に着ないだろう、ワンピースを用意した理由。

そして山と積まれたチョコと、その前に一つ置かれた小さな箱のワケ。


そういえば数日前から、コックとこそこそ話をしていることがあった。
何かを隠しているようで、でも何処か楽しそうな様子を幾度か見た。

それも全てこの為に奔走していたのかと思うと。






「……お前も女なんだな」




思わず漏れ出た声が、自分でも驚く程に優しかった。

こんな無茶も、背伸びをしたワンピースも、全てこんな馬鹿な日の為で、きっとレキは物凄く真剣なわけで。その多くが自分に向けられているのかと思うと、妙に胸がくすぐったくて。



何故か愛しくて、たまらなかった。



こんなことなら、ちゃんと約束を守ってやれば良かった、と。罪悪感というよりは、後悔の念に近い思いが過ぎった。




「おい、レキ。これはおれので良いんだな?」

「んぅ〜〜…」


寝呆けながらでも返事は出来るだろうと、抱き上げたレキに箱を持たせて問う。
そうするとやはり寝呆けている声でそれを守る様に抱え込んだレキは、呂律が回らない様子で言った。


「ダメしゃちぃ、れは、せんちょーの……」

「誰がシャチだ」


何の夢を見てんだと突っ込みたくなったが、レキはやはりまた夢の中に入ってしまったようで、ローは呆れたため息を付きながらも、食堂の電気を器用に落とし、食堂を後にした。

……コーヒーは諦めることにした。







 ***







ここは暖房の効いた船長室。

部屋に戻ってきてしばらくまた本を見ていたローだったが、ベッドで身じろぐ気配がすると、静かに本を閉じ、灯りを落とした。

そして小さく丸くなっている彼女の隣へと自分も身体を潜り込ませる。頬に触れると、先程と違ってじんわりと暖かかった。

一度はレキの部屋へと届けようかと思ったが、完全にレキの身体は冷え切っていた為、暖房が稼働している船長室に連れてくることにしたのだ。

理由はそれだけでは無い気がしたが、ローはあえて自分でも気付かないフリを決め込むことにした。

そういえばこのベッドに女を入れたことはないな、などとつまらないことを考えながら、目の前で寝息を立てているレキをそっと抱き寄せる。

どんなことをしても起きないというのは、こんなとき便利だとも思う。

レキを抱きしめたことは、今まで何度かあった。

だが、違う。

今まで感じたことのない満足感と……安心感が、触れた場所から広がるようで。どんな女を腕に抱いた時とも違う感覚に、ローが手招く微睡みを感じ始めた時だった。


「ん……」

「、……起きたか?」


腕の中でもぞもぞと動くレキに気付くと、ローは腕の中に視線を落とした。といっても暗闇にまだ完全に目が慣れておらず、彼女の表情まではわからない。

こんな状態で覚醒すると、多分レキは大慌てするのだろうと思いながら、それでも腕を緩める気にはなれなくて、未だ焦点のあっていないレキを静かに見下ろした。

揺れる瞳の中には何が映っているのか。何も言わないレキがふ、と顔上げた。

ぼぉっとしている様子を見ると、やっぱり寝呆けているのかもしれない。


「…せん、ちょ……」

「……」

「……」



穏やかな沈黙。

窓からの月明かりでぼんやりと見える、彼女の輪郭にそっと手を添える。

親指を頬からゆっくりと滑らせ、指が唇に触れた時、ローはそれに自分の唇を重ねていた。

すぐに僅かに離れると、お互いの吐息が混じる程の距離でレキの瞳を覗き込む。

わからない。起きているのかもしれないし、そうでないのかもしれない。





その瞳に、今おれが映ってんのかもわからない。

ただ、拒絶されないのなら。



もう一度。






唇を重ね、角度を変え、また触れる。子供の様な幼稚なキスを、飽きることなく繰り返した。



「レキ……」


こんなに熱く、女の名前を呼んだことなど無かった。

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