そこに映るのは、俺じゃない


僅かに開いた窓からは、暗がりに揺れる海が静かに波音をたてている様が見える。時折吹き抜く冷たい風が、火照った頬を急速に冷やしていく心地がした。

一階にある酒場からは、もう何も聞こえない。先程までは壁の薄い宿なのか、情事の色を表すような声も聞こえたが、それも夜の静けさに変わっていた。

月が高い。
いつの間にか雪は止んでいた。


「っくしゅ」


ペンギンは窓から外を眺めていたが、後ろのベッドから聞こえたくしゃみに振り返った。

一つしかないベッドで毛布が丸くなっている。時折もぞもぞと動いては、少しできた隙間ですら寒いという風に身体に巻き込んでしまう様が何だか面白い。ペンギンは開いていた窓を静かに閉めたが、視線は相変わらず外の暗がりを見つめていた。



レキを誘ったのは、別にやましい気持ちがあったわけではない。

レキがローを好きなことは既にクルーなら誰でも知っているし、またローがレキをクルー以上に想っていることをペンギンは知っていた。

知らぬ気付かぬは本人たちばかりで、まだ自分の気持ちを僅かに理解しているレキは良いが、ローは殆ど無意識だ。決して交わらない平行線を歩いていた二人は、何か切欠がないとそれに気づけないだろう。

それでもレキは自分が現状満足できない程に、ローへの想いを膨らませていることに少しだけ気付き始めた。だとすると、ローは当たり前に自分の元へ戻ってくるレキがどれだけ大切かを気付けば良い。


「そうしないと、フェアじゃない」


ぽつり、と呟かれた言葉はいったい誰に対しての言葉なのだろうか。自分でもわからず、ペンギンは苦笑した。



つまるところ、ペンギンはレキがあんな顔をするのが嫌だった。
数日前から楽しみにして、準備をして、それにみんなの分もしっかりと用意して。それを知っているから、当然今日はいつも以上に彼女は笑っていて、ローとのことを聞けば恥ずかしそうにしながらも、きっとそれでも嬉しそうでいるはずだと。

それなのに、夕方見た彼女は火が消えた様に肩を落としていた。
昨日廊下で出会った時に見た、あの幸せを絵に描いた様な笑顔が消えていた。

そしてぎこちない笑顔を作ることに必死だった。


その原因はまず間違いなくローで、きっとこのままレキはその思いをしまいこんでしまうのだろうとペンギンは思った。せっかく彼女の中で動き出した気持ちに足枷をしているのは、今やっと手にした彼女の居場所だということは、なんとなく理解できた。

その人生の大半を辛い思いをしながら生きてきたレキにとって、今ハートの一人として過ごしているこの場所をなくしてしまうのが怖いのだろう、と。その思いに異論を唱えるなんてことはしないけれど、ローは気に入ってもいない女をクルーとして迎えたりはしないし、普段の様子からしてレキが特別なのは目に見えて明らかだ。

お互いがそれを気付くだけで、少しは変わるのに。そう思わずにはいられなかった。

だがレキからこれ以上を自分で踏み出すのは、無理なのだろうということもわかる。そこはやはり彼女がいちクルーであること、そして相手はやはり船長なのだということもあるが、そう、やはりフェアじゃない。

レキをいつも目で追っているローが、彼女がいるようになってから、よく笑うようになったローが、無自覚なのは。

レキが可哀相だ。







だから、声をかけた。悩ませるとわかっていながらも、迷惑なおせっかいであることを理解していながらも、声をかけずにいられなくて。

それを切欠にして、船長とレキの何かが動けばいいと思ったし、

どちらかといえば、船長が何かに気付いてくれることを狙ってみたわけだが。

なにより……レキにあんな顔をしたままでいてほしくなかった。





そしてこの日にレキを独占できるのなら、

俺にとっても―――。


……そうだ、俺にとっても悪くはない、と。








「やましい気持ちが全くなかった……とは言えないな」


ペンギンはぽつりとつぶやいて、持っていたチョコの残り一つを口に入れると、薄いカーテンを静かに引いた。

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