あなたを想って、取る手は


船長であるロー意外に自室を持っているのは、レキとペンギンだけである。

ペンギンは海図部屋に一番近い部屋をそのまま自分の部屋にしており、レキは元々シャチが使っていた部屋を、女性であるのだからということで使っている。

現在シャチは大部屋で他のクルー達と雑魚寝をしているわけだが、ペンギンやローの様に本や海図などを部屋に溜め込むということをせず、殆ど部屋には寝るために戻っていただけなので、特に不満を持つということもなかった。

レキもあまり物を多く部屋に置くことはしない。必要最低限の物が置かれた部屋だが、クローゼットには未だ袖を通されたことのない服が数枚眠っていた。



ランプの揺れる灯りに照らされ、レキは鏡に写った、自分の前に合わせられたネイビーのワンピースを見つめた。

普段の戦闘員としてのつなぎ姿ではなくて、鏡に写った自分は、何だかひどく没個性的だ。というより、服の方が目立ってしまっている気さえした。

いつか、どこかの島に立ち寄った時に、ショーウィンドウに飾られていたこのワンピース。主張しない、けれど綺麗な夜の色に妙に惹き付けられて、気付けば買ってしまっていた。

しかし黒髪の自分が、こんな色を着こなせる自信もなく、また着る機会なんてあるわけもなく、今日の今日までクローゼットに眠っていたものだけれど。


「似合わない……」


ウィンドウに並んでいた時はあんなにキラキラして見えたはずのワンピースも、いざ自分に合わせてみれば何だか地味に見えてしまう。黒髪だから仕方ないと、何故買う前に思えなかったのだろう。

レキは一つため息をついて、ワンピースをふわりとベッドに落とし、自分もその隣にゴロンと寝転んだ。


「……どうしよう」


自然とレキの視線は鏡の横にあるテーブルに置かれたボックスに向けられた。



多分もう、今日はそれを渡すことは叶わないだろうと心のどこかで諦めていたレキ。やるせない気持ちではあるものの、そんなもの全てひっくるめて今日は眠ってしまって、明日の朝、小言の1つでもローに言ってやろうと思っていた。

冗談めかしてそう自分が言えば、面倒くさいながらも少しバツが悪そうにしてローは「悪かった」というだろう。そうすればそこでこの話は過去のものになってしまって、それで自分の気持ちなんて関係無く、またいつも通りの日々が始まっていくのだ。

今回は仕方ないと、無理やりにでも諦めてしまえると思っていた。それを寂しいと思っていたことなんて、忘れなければいけない。
それでも、何故か忘れてしまうのが辛い。


「こんなに船長のこと好きになってたんだ……」


そういえば昨日も同じことを思った気がする、レキはぼんやりと甲板でローと話をしたことを思い出した。あの時は胸が幸せでいっぱいで、こんな気持ちも楽しくて良いなんて思っていた。

知らなかったのだ。想いが膨らむことが、こんなに苦い気持ちをはらんでいたなんて。

期待も何も持たずに、ただローを好きだと口にできた昨日と。
ローの言動に一喜一憂する、不安定な今日と。

気付いてしまっただけで、がらりと変わってしまった。
そしてそれは、自分のたった一つの居場所であるハートのクルーという居場所をぐらぐらと揺すっているようで、ひどく恐ろしい。もし拒絶されてしまえば、レキの唯一といってもおかしくない居場所が無くなってしまうのだ。かといって、もうその答えを望まないなんてことはできなかった。


こんなこと、気付きたくなかった。
だからすべてを忘れてしまおうと、していたのに。

しかしそんな私に、声をかけてくれたペンギン。冗談など滅多に言わないペンギンに気を遣わせてしまうほど、自分は落ち込んだ顔をしていたのだろうかと思うと、少しだけ申し訳ない気持ちになる。


『朝まで一緒にいればいい』


何故かどきりとした。
ペンギンに他意は無く、夜中に一人船に戻るのが嫌だといったレキに合わせて、酒でも付き合ってくれるということなのだろうけれど。

ただ自分だけが何処か意識してしまっているようで、恥ずかしい。そんな風な言い方をするペンギンが悪いんだ、と責任転嫁してみたところで、事態が変わるわけでもない。



きっとペンギンはやさしいから。
私の持っている不安や寂しさも、きっときっと受け止めてくれるだろう。

きっと私が望めば、甘えさせてもくれるし、慰めてもくれる。



普段はあまり人に頼ったりすることの無いレキも、何故か今だけは、その差し出された手に縋ってしまいたい気持ちだった。

いちクルーで満足しているなんて、どの口が言えたのだろうかと、レキは自嘲するようにうっすらと笑う。満足なんてしていなかったのに、今のままが好きなんだと自分を騙していたに過ぎなかった。

色々と考えた結果は、結局自分の弱さを露呈して終わっただけだ。そうそして、この胸の苦しみから、逃げだしてしまいたいと僅かでも思ったことも、事実だった。というか、すべて投げ出して寝てしまおうとしていた時点で自分は逃げていたのだと思う。

ここまでペンギンに見抜かれていたのだとすると、それはそれで我が船のブレインは恐ろしいと思うレキだった。


何とか身体を起こして時計を見上げる。
これ以上ペンギンを待たす訳にもいかないし、こんな気持ちでは後ろに下がることはあっても前に進むことなどできそうにない。気持ちを切り替えるように、少しだけ身体を伸ばしてみた。


「いこっかな……」


レキはつなぎのファスナーをしゅっと引き下ろした。

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