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「軍艦が着港したぞー!!」


 朝靄もまだ晴れない薄闇の頃、中型軍艦が一隻港に着港した。
 予定よりも随分早い到着の為か、港は海兵が慌ただしく動き回っている。水夫達もその只ならぬ様子に船を出すこともできず、見守るしかなかった。


「た、大佐殿!予定よりも随分お早い到着で……っ」
「すみません、伝達が上手くいってなかった様で……あ、あと」


 大柄で葉巻を咥えた男を前に頭を垂れる海兵に、何故か後ろからひょっこりと出てきた女海兵が更にぺこぺこと頭を下げる。そして女海兵はそっと海兵に耳打ちした。


「もう大佐じゃありませんよ!先日准将になられて」
「へっ!?か、重ね重ね申し訳ございません!!!!」


 もう見ていてこちらが哀れになりそうな程に頭を下げる海兵を、女海兵が宥めているが葉巻をくわえた男はそれを横目に歩き出した。その足取りは少し急いているようにも感じられ、女海兵は声を上げる。


「一体どこへ?!」
「野暮用だ。駐屯地へは後で向かう」
「え、ちょ、どっどこ行くんですか?!」


 スタスタと迷いなく歩く男は、女海兵の言葉も聞かずに進む。整備された石畳をコツコツとブーツで蹴り、まだ人もまばらな町を歩いていった。
 朝靄の隙間からそっと静かに藍色の光が伸びてくる。

 男が向かったのは港が見下ろせる丘。そして、静かに頽れるのを待つばかりのような廃墟。そこにつく頃には、水平線の向こうから広がった輝きが、男の背中を強く照らしていた。廃墟に伸びた色濃い影が動くと同時に、ギィッと重い木の軋みを鳴らしてドアが開いた。


「おや、早いんだね。私の予想だと昼過ぎにつく予定だったんだけれど」
「あんたの予想が外れることなんてねぇだろ」
「そんなことは無い。私は預言者ではないんだからね」


 廃墟から現れた初老の男−情報屋−は、人好きのする笑顔を向けた。その手には少し大きめのボストンバック。どうやら拠点を変えるという噂は本当の様だ。


「レキ、のことだね。君がわざわざ私の所に来るのだから」
「……あんたの所に行くって言ってから、行方知れずになった。レキは来たのか」
「最近島にはいたみたいだよ。お仲間と一緒にね」
「それはいつだ。誰と一緒にいたんだ」
「……」


 どうもボヤかした様なことしか言わない情報屋に男は苛立つ。元々扱いにくいことで有名で、男も数度した会ったことは無かったが、どうやら噂以上だ。男の苛立ちにもちろん気付いている情報屋は「怒らないでくれ」と茶化したように肩を揺らした。


「なぁ大佐。いや、今はもう准将だね。今の状態が彼女に100%悪いとは言えない」
「どういうことだ」
「少なくとも彼女は今、初めて彼女の為の人生を歩いている」
「……」
「私はそれが悪いとは、思えなくてね」


 情報屋はそれ以上何も言わず、男の前から去って行った。結局彼女は最近までここにいたという情報しか得られなかった。

 情報屋がボヤかした、彼女にとって今の状況は100%悪くないということ。何かに巻き込まれているのは確かで、それは彼女が追っていたものと重なるのか。

 もう朝靄は晴れてしまった。
 葉巻の煙が青い空に伸びている。

 男―スモーカー―は、深く息を吸ってブハッと煙を吐き出した。



「どこにいやがる……レキ」

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