38

 船の状況は思った以上に落ち着いていた。
 白兵戦が行われていたのだろうことは見て取れるが、見た限り大きな損害は無さそうだ。しかし半ば強引に連れてきたレキは、この状況にショックを受けた様で、その表情は青ざめていた。


「あ、レキだ!レキー!」
「ベポ…っ!」


 船の事態よりもレキが戻ってきたことに嬉しそうなベポが大股で近寄ってくると、そのままレキにしがみつかれていた。とりあえずレキはベポに任せていればいいかと、ローはペンギンとシャチを探すことにした。


「キャプテン、」
「被害はあるのか」
「多少負傷したものがいるくらいです」


 ペンギンが淡々と状況を説明する。ローはそれを聞きながらも、マストに括り付けられた男を視界に入れていた。男はふて寝していたかと思えば、女の声が聞こえるや顔を上げ、今ではずっとレキの方を向いている。


「キャプテン、こいつレキを捕まえようとして……」


 シャチが言うまでもなく、狙われていたのはレキだった。ローは刀を握る力を強め、男に向き直る。しかしローが口を開くよりも早く、男が視線をよこさず言った。


「随分女を可愛がってるんだなぁ……残忍で有名な死の外科医サマが」
「お前また…!」


 シャチの憤慨する様からして、どうやら見た目以上に頭の悪い男のようだと、ローは結論づけた。共に攻めてきた仲間が誰も残っていないのも頷ける。躊躇いなく足を上げると、そのまま男の顔面を蹴りあげた。


「ぐぇッ!?てめぇら、何度も何度も!」
「余計なことを喋るな」


 先程もペンギンから同じ様に蹴りをくらっていた為、男の顔面は見事に真っ赤に腫れていた。


「ルーセット兄弟からの依頼か」


 ローのほぼ確信めいた様に低く落ち着いた口調に、ペンギンが僅かに反応する。情報屋に会った時のロー同様、何故そんな名前が出てくるのだろうと思ったのだろうか。
 男がこの後に及んでもしらばっくれようとそっぽを向いた途端、ローは鬼哭を鞘から素早く抜き、男の喉元にピタリと当てた。


「ひっ…!」
「おれは同じことを何度も言うのが嫌いだ」


 一言脅せば男は簡単に縮こまり、ブンブンと首を縦に振った。


「目的は何だ?ルーセット兄弟は近くにいるのか」
「し、知らねぇ!海楼石の錠をした女を捕まえて来いと言われただけだ……」
「あいつの記憶が無いのはルーセット兄弟がやったのか」
「おれ達は雇われただけだ。ルーセット・デロべに言われただけで、詳しい事は知らねぇ」


 どうも嘘を付いているような様子はない。だとすれば、本当にただ言われるがままにこの船を襲撃したということだ。恐らく、レキを襲った二人組が戦闘レベル的にも本命だったのだろう。今更回収に行ってもどうせいないだろうと、ローは溜息をついた。


「もう用はねぇな」


 特に目ぼしい情報も得られなかったが、とりあえずこの島にこれ以上滞在するのは危険だろう。ローは刀の切っ先を降ろし、ペンギンに出航を伝えていると、やっと解放されると思ったのか男がほっと息を吐いた。


「あぁ……そうだ」


 思い付いたように、ローは刀を振り上げた。


「へ……ぎゃぁぁあ!!」
「海に捨てとけ」


 あっという間に男は八つに切り刻まれ、それぞれのパーツが慌てた様に暴れまわった。シャチがそれをぽいぽいと海に投げている間に、デッキで傷の手当をしていたクルーや座り込んでいたクルーも持ち場に散り始める。

 ログが溜まるのは明日。
 あまり遠くには出れないが、磁力が受け取れる沖ギリギリまで出て船を潜水させていれば大丈夫だろう。その後のことはまたそれから考えれば良いと、ローは出航の合図を上げた。


「…………」


 その時、ローは自分を見つめている視線に気付き、静かにそちらを振り返った。揺れる双眸は、不安と戸惑いでいっぱいで。ベポと並んでいるからか随分小さく見えるような気がするレキは、舳先に静かに佇んでいた。ベポのツナギの裾をきゅっと掴んで、それはまるで行く場所を無くした子供のように。


 あぁこいつはここで降りるんだったな、


 そう頭の中に浮かんだ言葉は、ローの視線を僅かに彷徨わせた。

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