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 その後はとんとんと事が進んでいった。
 シャチのピストルが打ち抜いた男がその場に崩れると、まるで蜘蛛の子を散らす様に海賊達は逃げ出してしまい、結局主犯格の男だけを捕らえるに留まった。
 怪我をしているものも居るが、そこまで被害も酷くないだろう。皆の様子を見てくるとペンギンが去ったその場に、シャチは捕らえた男を見張りながらしゃがみこんでいた。


「何なんだよ、お前ら。おれたちがハートの海賊団だって知って攻めてきたのかよ」
「ふん、能力者がいなけりゃ……」
「ざーんねん、キャプテンはいねぇよ。お前らはペンギンの機転にやられただけでした」
「チッ、クソが」


 捕らえられているにも関わらず、なんとまぁ態度の悪いことか。思わず蹴りの1つでも入れてやろうと思ったが、捕縛した敵を甚振る趣味もない。シャチは「はぁ」と呆れた様にため息をつくと、キャスケット帽を脱いで汗を拭った。

 春島のくせに、妙に暑い。


「女を一人、囲ってるだろ」
「……なに?」
「海で拾ったはずだ。手錠をした女」


 男がシャチの様子を伺うようにして聞いてきた。誰のことを指しているのかなんて、すぐに分かる。しかしどうしてこの男が彼女のことを知っているのだろうか?
 シャチはかぶり直したキャスケット帽の奥から、男を睨みつけた。


「お前……レキを知ってんの?」
「名前なんて知らねぇ。でもおれたちは、その女さえ引き渡してくれればそれで良かったんだよ」


 今更襲撃の弁解でもしようというのか、男は口元をへらへらと歪ませ、やたらと低い位置からシャチを見上げる。


「どうせ海賊が女を囲ってやる事なんて1つだろ?代わりの女を用意してやるからよ、その女を渡してくれりゃ……」


 まるで自分の立場がわかっていないように話を持ちかける男に、シャチは戦闘の興奮も収まらないまま、拳を握りしめて振りかぶった。レキをそんな奴隷の様に言うことに、怒りが溢れそうになった。


「テメェ、黙れよッ――っ?!」

 ガンッ


 男は顔面に衝撃を受け、そのまま後ろへと派手に転がった。しかし男が今まで座っていた所には、振り上げられたシャチの拳では無く、後ろから伸びたブーツがあった。


「ペンギン?」
「……マストにでも縛っとくか。キャプテンも直に戻るだろ」
「お、おう、そうだな。ベポー手伝ってくれ」
「アイアイー!」



***



 レキは今の自分の状況が理解できず、激しく移り変わる景色に只々目を回すことしかできなかった。
 尾行していた筈の男たちに襲われ、やられると身体を硬くしたレキを助けたのは、ローだった。驚く間もなくローは男たちを一掃し、レキは動くこともできずにローを凝視していた。細身のローがあの長い刀を軽々と扱う様に、純粋に目が離せなくなった。
 しかしそれもつかの間。鞘に刀を収めたローがレキの方を振り返り近付こうとした時、彼の持つ小型伝電虫がけたたましい音を上げたのだ。


「なっ、なに?」


 その不吉なまでの甲高い音にレキは身震いをする。ローはそれを確認するや否や、へたり込んでしまっていたレキに近付き、無理やりに腕に抱きかかえた。お姫様抱っこというようなロマンチックなものじゃない。荷物を手にぶら下げる様に小脇に抱えられたレキが、異を唱えようとした瞬間、目の前の景色は目まぐるしく変化した。

 そして今に至る。
 それが以前体験したローの能力だと気付くのに少し時間がかかった。どういう能力なのかまではよく分からないが、さっきから周りの景色が船に近付いている。確かに走ったりするよりかは、段違いに速そうだ。しかし瞬きする間もなく景色が変わるため、まるで船酔いをした様に眩暈がしそうだった。


「せ、船長さんっどうし、どうしたのっ?」
「緊急用の伝電虫だ。船で何かあったらしい」
「何かって……っ」


 そこまで言って、レキは言葉をつまらせた。先程身を以て経験した、自分が追われていたということ。デロベという人物が、何故か記憶を失った自分を探していた。

 もしハートの海賊団と行動を共にしていたことが分かっていたら?それが原因で、船に何かあったとしたら?滞在時間も短いと言っていたから、船には殆どのクルーが残っていたはずだ。


「私のっ、せい……ッ」


 目の前が真っ暗になった気がした。こうなることを恐れていたのに、迷惑をかけないと決めたのに……!


「余計なことは考えるな」
「っ」
「船にはペンギンがいる。ベポやシャチも残ってるから、大事にはならない筈だ」
「ほ、んと……っ?」
「おれのクルーだ。そう簡単にやられやしねぇよ」


 レキを抱えている反対の、刀を握っている拳で、頭をコンッと叩かれる。不安にさせない為に言ってくれているのだろうけれど、ローがそう言える程にクルー達は信頼されている。実際に戦闘シーンに出くわしたわけじゃないけれど、きっと皆強いんだろう。

 彼が大丈夫というなら、大丈夫……。
 そう信じて、信じたくて、レキは胸の前でぎゅっと手を握った。


「それより何故勝手に行動した。さっきの男たちはなんだ?」
「え、あ、その……っ」


 黙って追いかけていったと言えば怒られるだろうか。そう思ってみても、すでに巻き込んでしまっている現実があるため、レキは気まずそうに事の顛末を話した。


「私のことを探してて……、追いかけたの。そうしたら見つかっちゃって」
「探してた?」
「うん、海楼石を嵌めて海に落ちた女って。記憶が無いことも知ってた」
「……」
「デロベ、っていう」
「デロベ?ルーセット・デロベか?」
「せ、船長さん知ってるの?!」


 まさかローの口からその名前を聞くとは思っていなくて、レキは驚きローを見上げた。するとローもレキを見たらしく、バチリと目が合う。
 景色が止まっている、雲の流れが緩やかに見て取れる。ローは何かを考えているかのように、じっとレキの瞳を覗き込んでいた。


「私を連れて来いって、言われたって……」
「……そうか」
「ねぇ船長さん、何か知ってるの?」
「今はとりあえず船に戻る。話はその後だ」
「……う、ん」
「さっきの大立ち回りの説明もしてもらうぞ」


 また景色が飛ぶ。様々なことが一気に起こり、もう頭がついていかない。
 転がり始めた石は、どんどんと加速度を増していき、その先の真実に向かい始めていた。

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