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「ねぇペンギン」
「なんだ」
「おれね、きっと今頃キャプテンがレキを引き止めてるんだと思うんだ!」
「……」


 航海日誌を書いていたペンがピクリと反応して止まった。そんなことを気にも止めないで、ベポは自分専用の大きなマグを両手で持ちながら、中のミルクを飲み干す。

 しんと静まり返った食堂は、どこか物悲しげで、いつもと同じ明かりが暗く感じた。ベポはというと、今朝レキと一緒に食べたフレンチトーストの皿を前にずっとこの調子だった。いつもなら当の昔に片付けられているはずの食器。しかしベポはそれを片付けられずにいるようだった。

 ペンギンはまたカリカリとペンを動かしだした。


「それはお前の希望だろ」
「だってー!せっかく仲良くなったのに!」
「お前とシャチはそればっかりだな」


 もうもう!と机を乱暴にベポが叩けば、当然机の上のモノ達は大きく揺れ動き、インクが溢れないようにと、ペンギンはインクボトルを持ち上げた。小さな地震が終わったと思えば、今度は驚くほど消沈したベポ。耳は弱々しく俯いていた。


「だっておれ知ってるんだ、レキがたまに寂しそうにしてるの。一人で大丈夫なんて、強がってるだけだよ」
「……そうだな」


 思えばいつも一緒にいたのはベポだ。食事の時も掃除の時も、昼寝の時でさえ一緒にいて、彼女を見続けていた。もしかしたら一番レキの心の内をわかってやってるのは、ベポなのかもしれない。シャチでも、ローでも、自分でもなく、この無垢な白熊。


「女の子がいると良いよね!みんなケンカしなくなるし。ペンギンもそう思うでしょ?」

 ……かどうかはわからないが、彼女のことを思っているには違いなかった。


「俺は……」
「敵襲ーー!!!!」


 突如電声管から、見張り番だったシャチの鬼気迫る声が響いた。ベポとペンギンは何事だと顔を見合わせ、立ち上がる。ペンギンがすぐさま電声管に向かって声を上げた。


「状況は!?」
「わかんねぇ!どっかから急に湧いてきやがった!」
「……すぐにデッキに上がる。緊急用の電伝虫を鳴らせ!」
「もうやってるっての!!」


 シャチの声の向こうからは幾人もの雄叫びが聞こえ、金属同士が交わる音も聞こえる。ビービ―!とつんざく様な超小型電伝虫が鳴り響き、食堂で同じくウダウダしていたクルー達も飛び起きた。ペンギンはベポを伴い、デッキへと駆け出した。



 ***



 デッキではすでに白兵戦が繰り広げられていた。ペンギンが唖然としていると、すぐさまサーベルを振り上げた男が襲いかかってくる。大振りな動きに素早く懐に潜り込み顎を叩き上げると、呆気無く男は伸びてしまった。


「ベポ、船首の方を頼む。俺はシャチと接触してくる」
「アイアイー!」


 ベポの大きな体が、物凄い勢いで敵の中に突っ込んでいく。それを見届ける前に、ペンギンは喧騒の中に目を向けた。
 目当てのキャスケット帽を見つけると、敵の合間を縫って近付く。途中何人かを薙ぎ倒して進むことになったが、数が多いだけで個々の戦闘レベルは低い奴らばかりで、進むのに難はなかった。


「シャチ」
「やーっときた!これどういう状況?!」
「それは俺が聞きたい」


 ピストルを2丁構えたシャチと背中合わせになる。すぐさま、ぐるりと二人を囲む様に敵の円ができた。


「主格は?」
「雑魚ばっかなんだよ。主格って……しいて言うなら、向こうにそれっぽいのが居たかな」
「先に主格を叩くのが定石だろ」
「うっせー!数が多過ぎて進めねーの!」


 シャチの大声と同時に、彼のピストルが鳴り響く。雄叫びと共にペンギンに襲い掛かる敵も、その刃にキレはない為、簡単になぎ倒せた。
 この船をハートの海賊船と知って攻めてきたというわけでは無いのかもしれない。もしかすると、船長であり能力者のローが不在なのを知って攻めてきたのだろうか。しかし、それなら舐められすぎだろう。数だけの侵入者に、落とされる船ではない。今日、船長からこの船を預かっているのは自分なのだ。


「能力者もいないみてーだし」
「ふむ……。おい!!部屋にいる船長はまだか?!」
「へ?」


 ペンギンがいきなり大声を上げたことに、シャチは驚き思わず彼を振り返った。
 ペンギンは構わず、船へと続く扉の前にいるクルーに声を上げる。しかしそのクルーもシャチ同様驚いた顔をした。


「早く呼んでこい!!」
「ぺ、ペンギンさん?」


 どうにかしてしまったのかとペンギンにおずおずと声をかけるシャチは、周りを囲んでいる敵達もざわついていることに気付いた。手に持った武器が少し下がり、隣の仲間と顔を合わせている。聞こえてきた呟きには狼狽えが感じられた。


「船長はいないんじゃなかったのか」
「能力者だろ……かないっこない」


 足が完全に引けてしまっている海賊達は、明らかにペンギンの発言に動揺していた。それは人から人へと伝わり、どよどよと統率は乱れていく。不安が船上全てに伝達していく頃には、もう敵の足並みはバラバラに崩れていた。
 元々歯ごたえの無い敵ではあったが、こうなってしまえば赤子の手を捻る様なものだった。腰を抜かして尻餅をついてしまうものや、逃げ出してしまうもの。その中で一番に背を向けた男をペンギンは見逃さなかった。


「シャチ、前方左斜め20度の茶髪を打て!」
「あいよ!」


 ガゥン、ガゥン!!


 シャチのピストルは、正確に男の肩と足を射抜いた。


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