35

 何処を曲がったのか、どれくらい歩いたのか、そんな事が分からなくなる程、男たちの寄り道は長かった。あっちに寄っては商店を冷やかし、こっちに寄っては煙草を吸い、そして事あるごとに船に戻るのが面倒だと愚痴る。
 同じ事を何度も繰り返しているだけだったが、レキは一語一句を聞き逃すもんかとでも言う様に神経を尖らせ、男たちの後ろをついていった。

 やがて男たちは海の方へと向かい、港ではなく人気のない砂浜の方へと歩いて行った。砂浜というよりは入り江の岩場という様子のそこは、随分と人の賑わいから外れた場所だ。高い丘が近くに見える。もしかするとハートの潜水艦と近いのかもしれない。
 しばらく歩くと岩陰に隠れるように一隻の船が停泊しており、男たちはその船に向かっているようだ。その帆にはジョリーロジャーが描かれている。海賊船だった。


(やっぱり海賊……)


 あたりの砂浜には大勢の人が踏み荒らした様に足跡が多く残り、その海賊船から林の中へと伸びていた。船にはもうあまり人がいないということだろうか。その方が好都合だとレキは岩陰に身を潜めて、息を整える。
 見つかるなんて失敗はできない、レキはもう一度大きく息を吸って空を仰いだ。こちらは一人で、しかも男たちは自分を探しているらしいから。

 そう、私は一人…………。


(……船長さん、黙ってきちゃった……)


 そこでやっとレキは、自分がローを待っている間に一人駆け出してきたことに気付いた。

 怒っているだろうか。黙って居なくなったことに?それともローを待っていなかったことに?
 それとも何とも思っていない……?

 考えを消し去るように小さく頭を降った。今は目の前の手掛かりに集中しなくては。レキが再び男達に目を向けようと身体を乗り出した時、ヒュッと風が鋭い音を立てた。


「っ!!!」


 レキが息を呑む間もなく、頭上からギラリと光るサーベルが振り下ろされていた。反射的に身体を砂場の方に転がす。しかし次の瞬間に焼ける様な痛みに小さく声が漏れた。押さえた左肩は赤く染まり、目の前には今までレキが追いかけていた男二人が薄ら笑いを浮かべていた。


「ちっ、何にも覚えてねぇくせにすばしっこい奴だぜ」
「おい、殺すなよ」
「逃げられない様にな」


 尾行していたのがバレていたのか、それともワザと誘い込まれたのか。
 レキは砂の上をズリながら少しだけ距離を取る。しかしここで逃げてしまう訳にはいかない。歯を食いしばり立ち上がると、男たちに言った。


「あなた達は誰?どうして私を探してるの?私は…っどうして記憶がないの?!」
「本当に何にも覚えてねーんだなぁ、デロべ様が言った通りだ」
「デロべ……?」


 聞いたことのない名前。なのに何故、口から出るこの名前はこんなにも忌まわしく不快に感じるのだろう。胸のうちに沸々とわきあがる黒い泥の様な感情を抑え、男たちに更に言葉を投げかける。


「そのデロべという人が……私の記憶喪失の原因なら、どこにいるの?会わせて!」


 男たちはその叫びを聞いてきょとんとした顔をすると、堪え切れないと言うように高らかに笑った。


「勿論連れて行ってやるよ。そう言われてるんだから」
「ただ抵抗されちゃ面倒だからな、しっかり拘束させてもらうぜ」


 サーベルを持つ男の後方にいた男が、どこから出したのか手に持つロープを揺らして見せ、近付いてきた。
 ゾクッと悪寒が体中を駆け巡る。捕まってはいけない。まるで誰かに囁かれる様に小さく、しかし脳内では激しく警鐘が響いた気がした。


「大人しくしてろよ」


 ぬっと伸びてきた男の手から逃れるように身体を引く。空を掻いた男の手は、それでもまだレキを掴もうと伸ばされ、それすらもスルリと交わす。男が露骨に顔を歪めた。


「こいつ……ちょこちょこ逃げやがって」
「やっぱり動けないよう足をやっちまおう」


 サーベルを持った男が、姿勢を屈めレキの足を目掛けて刃を向けた。風を切る音と男の雄叫びが鼓膜を震わせる。しかし白刃がレキの足を二断しようとした時、レキはふわりと地面を蹴り飛び上がった。連続して一文字に横薙ぎする刃に今度は低く身を屈め髪の毛一本の所で交わす。
 そのまま右足を伸ばし男の足を蹴り捌くと、男はみっともなく尻餅をついた。


「こいつ…っ!」
「はっ、はぁッ、はっ」

 
 今度は二人がかりで飛びかかってくる巨体。しかしレキはどの攻撃も軽やかに交わしていった。見た目の緩やかな動きに反して、どんどんとレキの呼吸は荒く、早くなっていく。まるで誰かに操られているのではないかと言う程の俊敏な動きに呼吸がついていかない。

 どうしてこんな風に動けるのか、本当にこの身体を動かしているのは自分なのかとさえ思ってしまう。

 段々と男たちも頭に血が上ってきたのか、目を吊り上げ、鼻息も荒い。雄叫びと共にサーベルを振りかぶり、レキに襲いかかった。レキは足にグッと力を入れ、思い切り飛び上がった。


「っえ……!?」


 そのまま、レキの視界はぐるんと空へと回った。背中が引き寄せられる様に、地面へと倒れこむ。当然ながら受け身も何もあったものではなく、レキは背中を強打した。


「ッた……!」


 目の前に二つの光る刃が迫っていた。


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